Huawei対ZTE事件CJEU判決後の判例法
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IP Bridge対HTC

2020年11月25日 - 事件番号: 6 U 104/18

http://caselaw.4ipcouncil.com/jp/german-court-decisions/olg-karlsruhe/ip-bridgedui-htc

A. 事実

原告であるIP Bridgeは、欧州電気通信標準化機構(ETSI)が開発した4G/LTE携帯電話規格への対応に必須な(と見込まれる)ものとして宣言された複数の特許を保有する。係争特許は、ETSIに対し公平、合理的かつ非差別的(FRAND)な条件で特許を利用者に提供することを誓約した企業から取得したものである。


被告は、台湾に本社を置き、(とりわけ)ドイツでも4G規格に対応した携帯電話を販売しているグローバルなエレクトロニクス企業である、HTCのドイツ子会社(HTC)である。

2014年12月、IP Bridgeは、HTCグループの親会社(親会社)に対し、自社の標準必須特許(SEP)のポートフォリオについて通知した。その後、当事者間で交渉が行われた。ライセンスの申出が交わされたが、契約には至らなかった。

2016年9月、IP BridgeはHTCを相手取り、マンハイム地方裁判所(本地方裁判所)に訴訟を提起した。IP Bridgeは、HTCの損害賠償責任を確認する宣言的判決を求め、情報の提供及び会計書類の提示を要求した。

2018年4月、親会社が秘密保持契約を締結した後、IP Bridgeは特許ポートフォリオに関する第三者との既存のライセンスを提示した。

2018年5月15日、IP Bridgeは、差止命令による救済並びに侵害製品のリコール及び破棄の請求を追加し、係争中の訴訟を拡大した。

2018年6月、HTCはカウンターオファーを行ったが、IP Bridgeはこれを拒否した。

2018年9月28日、本地方裁判所は、HTCが係争特許を侵害し、損害賠償責任を負うとの判決を下した[01]。また、本地方裁判所は、HTCに対し、会計書類の提示及びIP Bridgeへの関連情報の提供を命じた。その一方で、差止命令による救済並びに侵害製品のリコール及び破棄の請求は棄却された。両当事者はこの判決を不服として控訴した。

2019年3月、IP Bridgeの申出に関するライセンス交渉を進めるため、控訴手続きが一時停止された。その後の協議において、IP BridgeはHライセンスの申出内容を変更しHTCに提出した。この申出とともに、IP Bridgeは、チップセットメーカーと締結した複数の契約(本件で問題となったポートフォリオを部分的にカバーしている契約、又は特定の特許に関していわゆる「訴えられる順番が最後となる誓約」を含む契約)も共有した。

2020年2月、IP BridgeはHTCに再度ライセンス供与の申出を行った。HTCは、ランニング・ロイヤルティと一時金のいずれかで支払うよう選択を求められた。どちらの選択肢についても、ロイヤルティは、いわゆる「トップダウン」方式に従って決定された。料率は業界全体の(一部は予測による)年間携帯電話平均販売価格(ASP)を基本として算出された。ランニング・ロイヤルティによる支払いについては、予測値が実際のASPから5%以上乖離する場合、両当事者が年間ASPの調整を要求できる条項が含まれていた。

その後、控訴手続きは約2か月にわたり再び中断された。親会社は、2020年2月のIP Bridgeの申出を拒絶した。その後、親会社はIP Bridgeに対しさらに2回のカウンターオファーを行った。しかし契約は締結されなかった。

本判決により、カールスルーエ高等地方裁判所(本控訴裁判所)は、差止命令による救済並びに侵害製品のリコール及び破壊の請求についてのみ、本地方裁判所の判決を覆した[02]。第一審判決とは対照的に、本控訴裁判所は、これらの請求も認めた。
 

B. 判決理由

本控訴裁判所は、係争特許に対する侵害を確認した[03]

本控訴裁判所は、差止命令による救済並びに侵害製品のリコール及び破棄の請求が第一審で棄却される理由となった、HTCによる「FRAND宣言を理由とする抗弁」は、もはやこれら請求の執行を妨ぐことはできない、という見解を示している[04]

HTCは、IP Bridgeは排除請求を主張することにより、EU機能条約(TFEU)第102条に違反し市場支配的地位を濫用したと主張していた。本控訴裁判所は、IP Bridgeが当該市場において支配的地位を有しているという本地方裁判所の想定は正当であると判断した[05]。それにもかかわらず、IP Bridge はその市場支配力を濫用していない。控訴審の審理中にIP Bridgeが行った最新のライセンス申出は、いずれにせよFRANDであった[06]。それどころか、本控訴裁判所の判断によれば、その後に行われたHTCのカウンターオファーは、「明白かつ明らかに」FRANDではなかった[06]
 

係争期間中におけるHuaweiの義務

本控訴裁判所は、原則として、両当事者は侵害訴訟の係属中であっても、Huawei対ZTE判決(Huawei判決)[07]に基づく交渉の義務を果たすことができると改めて述べた[08]。同様に、本控訴裁判所は控訴審において、第一審の終了後に初めて行われた行為、特にライセンスの申出を考慮する[09]

この意味において、本控訴裁判所は、実施者はSEP保有者が自己のHuawei義務を果たした行為に対し、その行為が遅滞なく行われたか、又は徐々に行われたかに関係なく、適切に対応する義務を定期的に負っていると指摘している[10]。特許保有者側が「躊躇しつつ行動」した場合でも、それは差止命令による救済の権利を永久に妨げるものではなく、特許保有者がその義務を果たし実施者が対応するために与えられた合理的な期間が経過するまで、この権利の行使が「一時停止」されるだけである[10]。本控訴裁判所は、逆に、実施者側の遅延戦術は、SEP保有者がその義務を「躊躇しつつ行動」することで果たした場合であっても、排除措置によって制裁の対象となることを指摘した[11]

 

侵害通知

本控訴裁判所は、個々のHuaweiの義務を鑑み、IP BridgeがHTCに対して適切な侵害通知を行ったことを確認した[05]。本控訴裁判所は、その限りにおいて、本地方裁判所の理由付けに不備はないとした。
 

SEP保有者の申出

本控訴裁判所は、(少なくとも)IP BridgeがHTCに対し2020年2月に行った最新のライセンス申出はFRANDである(又は、いずれにせよ「明らかに非FRANDではない」)と判断した[11]。本控訴裁判所はFRAND適合性について包括的な評価を行い、本控訴裁判所は特許保有者の申出について限定的な「概要審査」しか行うことはできないという従前のスタンスを確認した[12]

 

本控訴裁判所は、SEP 保有者はその申出が「平均的なライセンシー」に関して「一般的に」FRANDである場合、「意思を有する」ライセンシーにFRAND条件でのライセンス申出を提出するというHuaweiの義務を定期的に満たしていることになるとの見解を示した[13]。実施者は、交渉の「出発点」である(最初の)申出が特定の個別の状況に既に適合していることを期待することはできない[14]。本控訴裁判所はFRAND が「範囲」である(幅がある)ことを強調しており、これは単一の条件や料金のセットのみがFRAND要件の対象ではないことを意味している[15]。特に「公平性」及び「合理性」の概念は、各案件の状況に基づく誠実な二者間交渉で当事者がFRANDを形成できるよう柔軟性を与えるものである。

IP Bridgeが行った最新のライセンス申出について、本控訴裁判所は、まず、そのタイミングには問題がなかったと判断した。実際のところ、IP Bridgeが徐々に準備し、控訴審の間だけこの申出を行ったという事実に有害性はない[16]。さらに、本控訴裁判所は、当該申出は「失効」していなかったため、HTCはそれに対応することが求められていたと強調した[17]。HTCは、IP Bridgeが設定した回答期限の経過後は、申出の拘束力はなくなると主張した。本控訴裁判所はこれに同意しなかった。当該期限はIP BridgeがHTCから回答を受領する予定時期を示しただけであり、HTCがその後申出を受諾することを妨げるものではなかった[17]。この理解は、期限が切れた後にIP BridgeがHTCに対して再度回答を要求したという事実によっても裏付けられている[17]。本控訴裁判所は、仮にライセンスの申出が「失効」していたと仮定しても、HTCは回答期限の終了にかかわらず、カウンターオファーをする、又は申出を受け入れ可能か否かをIP Bridgeに尋ねる義務があったとしている[17]
 

ロイヤルティの計算/ライセンス申出の内容

ライセンス料については、本控訴裁判所は、IP Bridge の最新の申出に含まれるロイヤルティ料率はFRANDであるとの見解を示した[18]。ロイヤルティ算出に適用された「トップダウン」の方法論について法律上の懸念はなかった[19]。計算に使用されたロイヤルティのベース、すなわち、業界全体の携帯電話の年間(一部予測)ASPに関しても同じことが言える[20]

本控訴裁判所は、全ての4G対応携帯端末の業界全体のASPを使用することはそれ自体が不合理であるというHTCの見解を退けた[21]。本控訴裁判所は、まず、FRAND適合性の評価は「個々の計算パラメーターの個別の検討」から構成されるものではなく、最終的なライセンス料率がFRANDであるか否かに焦点を当てるべきだと強調し、それが本件に当てはまるとした。一方、業界全体のASPが無線技術に関係のない特徴(メーカーの評判、ブランド、デザイン、高い生産品質など)を反映するという事実は、同時に、ダンピング価格で販売された端末やSEPライセンス料が考慮されない価格など、特に低価格の端末も含まれることから、容認されるものであった[22]。それとは別に、本控訴裁判所は、業界全体のASPがHTC自身の携帯電話のASPよりかなり高いわけではないとも述べている[23]。また、本控訴裁判所は、IP Bridgeがロイヤルティの計算に用いたロイヤルティの負担総額額は、他の裁判所が従来FRANDとして認めていた範囲(6%~10%)で推移していたため、問題ないと判断した[24]。他のSEP保有者がこれより低い割合を適用しているという事実は、IP Bridgeが提示した料率による総額が搾取的であることを示すものではなかった[24]

さらに、本控訴裁判所は、IP Bridgeが4G関連のSEPについて自社のシェアを計算する方法に欠点はないと判断した[25]。IP Bridgeは、2つの異なるSEP適用調査に基づく平均値を算出していた。本控訴裁判所は、両調査の結果が同様であったことから上記計算方法は容認できるものであり、さらに、IP Bridgeは最も低い結果を出した調査に依拠する義務を負っていなかったと判断した[25]

本控訴裁判所はさらに、IP Bridgeが特許の適用範囲に基づき特定の国や地域に対し異なる料率を申し出ることはなかったという事実について、何の懸念も示さなかった[26]。IP Bridgeが提案したグローバルな均一料率は、この選択肢により契約管理が容易となるなど正当な理由があったため、ライセンスの申出自体を搾取的にするものではなかった[27]。本控訴裁判所は、そのような条件での申出が、特許適用範囲が狭い地域で高い売上を上げている実施者を不利にする可能性があるか否かは本件と無関係であると説明した。前述のとおり、SEP保有者は、その申出が「平均的なライセンシー」に対してFRANDであれば、交渉の義務を果たしていることになる[28]。国や地域ごとに異なる料金を設定しないことが一般的に「搾取的」な料金につながる場合のみ、濫用となる可能性がある[28]。本控訴裁判所は、本件はそれに当たる兆候はないとの見解を示した。その理由は特に、IP Bridgeからライセンス供与を受けた他の者がこの形式で申出を受諾したからである[28]。その上、本控訴裁判所は、IP Bridgeが提案したボリュームディスカウントもFRANDであると判断した[29]。SEP保有者は、原則として、すべてのライセンシーに「一律の料金体系」を申し出る義務はない[30]。しかしながら、「事実上正当」である場合、販売量に基づく割引は、販売量の少ない実施者にとっては単位当たり料金がより高額となるものの、認められている[30]。本控訴裁判所は、SEP保有者が、実施者が売り上げを伸ばし、規格をより広く普及させ、結果としてより多くのライセンシーを獲得するよう動機付けることにより利益を成しえることを認めた[30]。また、「大規模で評判の良い」実施者に対し特に有利な割引を申し出ることも正当化され得る。そのような会社によるライセンス締結は他のライセンシーによるライセンス締結のモチベーションにもなりえるからである[30]。本事例で使用されたボリュームディスカウントの結果として、他の既存ライセンシーよりもHTCの料金が高くなるという事実は、IP Bridgeの申出を差別的なものとするものではない[31]。本控訴裁判所は、SEP保有者のFRAND申出の義務は、その申出が「平均的なライセンシー」に対して非差別的である場合に充足されると繰り返したが、HTCはそれは本件に当てはまるとは主張せず、割引制度がHTC又は 一般的に小規模のメーカーに対して差別的であるとのみ主張した[32]

そう述べた上で、本控訴裁判所は、最終的に個々の計算パラメーターが「FRAND準拠」であるか否かは関係なく、最終的なロイヤルティの支払いがFRANDであるか否かが決定的な要素であると繰り返し述べている[33]。本控訴裁判所は、IP Bridgeが他の2社のライセンシーと同じ料率(同一のボリュームディスカウント制度を含む) で契約を締結しているため、IP Bridgeの申出がFRANDであることについて疑いを持たなかった[33]。当該ライセンスは訴訟を伴わずに締結されたことから、ベンチマークとして使用することが可能であった[34]。売上高が異なる既存ライセンシー(1社はHTCより高く、1社は低い)が共にIP Bridgeのボリュームディスカウント制度を受け入れたという事実は、それが搾取的でも差別的でもないことを示していた[35]。さらに、本控訴裁判所は、ライセンスの1つがインフラ特許もカバーしていたこと(HTCへの申出ではカバーされていない)については、当該特許はライセンスポートフォリオの1%に過ぎず、従って、FRAND適合性の評価に関しても重要視性が低いことから、差別的とは見なさないとした[36]


本控訴裁判所はさらに、ロイヤルティ計算とは別に、IP Bridgeの最新のライセンス申出の他の条項もFRANDであると判断した[37]。申出には、ライセンシーがライセンス特許の有効性、必須性及び使用に異議を唱えることを認めるロイヤルティ調整条項が含まれ、ライセンスポートフォリオについて(双方向の)「実質的な変化」が生じた際にロイヤルティを調整することも規定していた。調整メカニズムが発動されるのは「実質的な変化」が生じた場合のみであることは、些末な理由による調整を避けるという当事者双方の利益によって正当化されるため、本控訴裁判所はこの取決めは保護に値すると判断している[38]

 

ライセンス申出に関する情報

実施者にライセンス申出を説明する関連義務を考慮し、本控訴裁判所は、特定の実施者が料率その他の契約条項の根拠となる仮定、及び特許保有者が自己の申出を搾取的や差別的なものではないと考える理由の両方を理解できるような方法で申出を詳しく説明するようSEP保有者に要求している[02]

本控訴裁判所は、IP BridgeはHTCに対して行った最新の申出において上記の要件を満たしていたとの見解を示した[39]。変更されていない要素については、IP Bridgeが過去に情報を提供している限りにおいて、情報を繰り返すことは「無用な形式主義」に過ぎないとして、情報を繰り返す義務はないと本控訴裁判所は説明した。


本控訴裁判所は、IP Bridgeのポートフォリオの標準的必須性を証明するために、包括的な「上位リスト」 について拡大は必要なかったと付け加えた[40]。いずれにせよ、IP BridgeがHTCと共有した24のクレームチャートは十分であると考えられた(ポートフォリオは全部で48の特許で構成されている)[41]

さらに、本控訴裁判所は、IP Bridgeが4G関連のSEPについて自社のシェアを決定するために2つの(外部)適用調査に依拠することができ、この点に関して独自の調査を実施する義務は存在しないと指摘した[42]。IP Bridgeは、これら2つの調査は共に閲覧可能であったため、HTCと共有する義務を負っていなかった[42]。本控訴裁判所によれば、HTCがこれらの調査のうちの1つにアクセスするためには5万ポンド(又は7万5千ポンドの年間購読料)の費用がかかるが、購入は不合理ではないとのことである[42]


本控訴裁判所はまた、IP Bridgeは締結済みライセンス契約の「本質的な内容」についてHTCに通知する義務を遵守していたと判断した[43]。IP Bridgeは、他の3社のライセンシーと締結した契約書を共有した。SEP保有者が以前の特許保有者によって締結された契約も提示する義務があるか否かという問題については、本控訴裁判所では未解決のままであった。本件では、IP Bridgeのポートフォリオは複数の特許保有者から取得した特許で構成されており、現在の構造でポートフォリオをカバーする従前契約は存在しなかった[44]。従前の個別ライセンス契約には、むしろ限られた情報上の価値しか存在しない可能性がある [45]。いずれにしても、期限切れのライセンス契約を共有することは当該義務には含まれない[46]
 

時間的困難のない交渉

上記に加えて、本控訴裁判所は、控訴審の期間中にIP Bridgeが行った申出に関する交渉について、審理が2度にわたり中断されたことから、「時間的困難のない」交渉が可能であったと判断した[47]。審理が中断された期間は、HTCが義務付けられている、申出の慎重な検討に十分な長さであった[48]

さらに、本控訴裁判所は、IP Bridgeは中国におけるHTCグループの関係会社に対して開始された侵害訴訟も中断する義務を負っていなかったと説明した[49]。EUの競争法の下では、SEPから生じる排除的権利の主張は、(差止命令といった)裁判所の措置がEU単一市場からの製品排除につながる場合に限り、濫用になり得る[50]。他の市場で起こされた訴訟はそのような効果を持たないため、ドイツで主張された排除的請求の執行を妨げることはできない[51]。SEP保有者が並行して係属中のドイツ侵害訴訟の裁判を中断する義務があるか否かは、ドイツの裁判所における当事者間の他の唯一の裁判が2017年11月以降「保留」されていたことから、本控訴裁判所では判断されなかった[52]

実施者のカウンターオファー

さらに、本控訴裁判所は、控訴審前及び控訴審中に行われたHTCのカウンターオファーはFRAND条件を満たすものではないとした[51]

本控訴裁判所は、カウンターオファーを行う実施者の義務は、SEP保有者が「明らかにFRANDでない」申出を行い、実施者がその申出についてFRAND条件でのカウンターオファーを設定することができるような方法で十分な説明を受けたときに発動するという見解を示した[53]。Huaweiの義務が「それ自体を目的としたもの」ではなく、ライセンス条件について合意に達するよう当事者を動機付けることが目的だと仮定すると、本控訴裁判所は、実施者にSEP保有者がFRAND条件を満たす申出をしたときのみ対応するよう求めることは、交渉の行き詰まりに繋がると判断した[54]。この解釈は、CJEUが、実施者がFRAND条件を満たすカウンターオファーを提出する義務について、SEP保有者の申出を拒否することのみを条件とし、当該申出が実際にFRANDであることを追加要求していないことから、Huaweiの判決とも矛盾する[55]。 

本控訴裁判所は、特にHTCのカウンターオファーについて、ライセンス対象の全ての特許が少なくとも1つの携帯電話規格に必須であることをIP Bridgeが保証すべきとする条項に注目した。本控訴裁判所は、この条項は非FRANDであるとした[56]。実施者が契約においてライセンス特許の有効性、必須性及び使用に異議を唱える権利を保持することが許されているのは確かである[57]。しかし、特許保有者に上記条項で規定された保証の提供を要求することはできない[58]。本控訴裁判所は、この条項に違反した場合(ライセンス対象特許が必須特許でないと証明された場合)、(少なくとも)SEP保有者側に損害賠償責任が生じる可能性があると指摘している[58]。それによって、実施者にとって「リスクを伴う取引」であるというライセンス契約の性質が失われ、SEP保有者は損害賠償責任という形で(増大した)リスクを負うことになる[58]。本控訴裁判所は、この意味において、HTCは上記のような契約上の規定を実務上一般的なものとすることはできない点も考慮した[58]
 

ライセンス取得の意思

最後に、本控訴裁判所は、HTCの行動は全体的に、ライセンス取得の意思がないことを示すものであると判断した[59]

Sisvel対Haierの事件[60]におけるドイツ連邦裁判所(Bundesgerichtshof)の判例を受け、本控訴裁判所は、実施者は事実上どのような条件であれ FRANDでライセンスを取得する意思があることを「明確かつ曖昧さを残さず」宣言しなければならず、その後、「目的志向」でライセンス交渉に従事する必要があると説明した[61]。「一般的な意思」を示すだけは十分ではなく、実施者の宣言は「真剣」かつ「無条件」でなければならず、「単なる口先だけ」では不十分である[11]

本控訴裁判所によれば、「意思」は「静的」な位置づけを有するものではない。そのため、実施者がある時点で意思を有していた(又は意思を有していなかった)という判断も、不変ではない[62]。さらに、ライセンスを取得するための「継続的な意思」が必要とされる[62]。特に関連性が高いのは、契約締結に関心を持ち、SEP保有者による訴訟を退けるための手続的手段を追求しない「誠実で意思のある」ライセンス希望者であればどのように行動するかという点である[62]

このような背景のもと、本控訴裁判所は、HTCがIP Bridgeと、特に交渉の最終段階において、「躊躇しながら」しか関わっていなかったことを批判した[63]。実際のところ、HTCがカウンターオファーを提出したのは、控訴審の口頭審理のわずか3週間前のことであり、審理の2日前に修正版をIP Bridgeと共有したのみであった[63]。さらに、本控訴裁判所は、「意思のある」ライセンシーであれば、HTCのカウンターオファーに記載されたライセンス対象ポートフォリオ特許の必須性についてSEP保有者が保証するよう言い張ることはなかったであろうとの見解を示した[63]
 

C. その他の問題

本控訴裁判所は、「特許の待ち伏せ」の概念に基づき、HTCが提起した抗弁を棄却した[64]。本控訴裁判所は、権利保有側による「故意の不正行為」を、(従前の)特許権者がETSI IPRポリシーに基づく開示義務を認識していた、又は他の事例において当該特許を開示しなかった若しくは開示に遅滞したことを示すだけでは立証できない、と説明した。[65]さらに、本控訴裁判所は、「特許の待ち伏せ」の抗弁を主張する当事者に対し、( 少なくとも)規格に組み込まれたソリューションに対する代替技術が実際に存在する「具体的な可能性」を立証することを要求した。この点は本地方裁判所と同意見である[66]。HTCは本件においてこの立証ができなかった。

法律上の影響について、本控訴裁判所は、「特許の待ち伏せ」は特許から生じる請求を禁止するものではないことを明確にした[67]。この状況において特許の効力の停止を支持する法的根拠は存在しない[67]。このような停止は「単純な規則違反」に対する制裁としては不釣り合いに厳しいものであり、また、特許保有者がFRANDを誓約し、特許で保護されているか否かにかかわらず最善の技術的解決策が規格に採用されることを目的とするETSI IPRポリシーによって定められた開示義務の「精神及び目的」にも抵触することになる[67]

本控訴裁判所は、さらに、特定のチップセットメーカーと合意したいわゆる「訴えられる順番が最後となる誓約」の存在により、IP Bridgeは係争中の特許を主張することができないというHTCの主張を退けた[68]。本控訴裁判所は、ドイツ法の下で、「訴えられる順番が最後となる誓約」は、特許に基づく訴訟を提起する可能性を排除するものではなく、(据え置き状態の契約に基づき)一時的に停止するだけであるため、特許権の消尽にはつながらないことを強調した[69]

さらに、本控訴裁判所は、ドイツ法の下では、いわゆる「非訴訟提起誓約」の形による(より広範な)合意も特許権の消尽をもたらすものではないことを強調した[70]。この種の契約は、特許を遵守する製品を上市するためのライセンス又は同意という効果を有するものではない[71]。ドイツの特許については、「非訴訟誓約」は通常の場合、(手続き上)据え置き状態の契約を上回る効果を持つことはない[72]
 

  • [01] IP Bridge対HTC、マンハイム地方裁判所、2018年9月28日付判決、事件番号: 7 O 165/16。
  • [02] IP Bridge対HTC、カールスルーエ高等地方裁判所、2020年11月25日付判決、事件番号: 6 U 104/18 (GRUR-RS 2020, 56869にて引用)。
  • [03] 同判決、第58-98。
  • [04] 同判決、第117節。
  • [05] 同判決、第134節。
  • [06] 同判決、第133節。
  • [07] Huawei対ZTE、 欧州連合司法裁判所、2015年7月16日付判決、事件番号: C-170/13。
  • [08] IP Bridge対HTC、カールスルーエ高等地方裁判所、2020年11月25日付判決、第118節。
  • [09] 同判決、第119節。
  • [10] 同判決、第121節以下。
  • [11] 同判決、第124節。
  • [12] 同判決、第136節。
  • [13] 同判決、第136節及び第130節。
  • [14] 同判決、第127節。
  • [15] 同判決、第128節。
  • [16] 同判決、第126節。
  • [17] 同判決、第137節。
  • [18] 同判決、第138節。
  • [19] 同判決、第139節以下。
  • [20] 同判決、第140節。
  • [21] 同判決、第141節以下。
  • [22] 同判決、第143節。
  • [23] 同判決、第145節。
  • [24] 同判決、第146節。
  • [25] 同判決、第147節。
  • [26] 同判決、第148節。
  • [27] 同判決、第152節以下。
  • [28] 同判決、第153節。
  • [29] 同判決、第154節。
  • [30] 同判決、第155節以下。
  • [31] 同判決、第156節。
  • [32] 同判決、第157節以下。
  • [33] 同判決、第158節。
  • [34] 同判決、第160節。
  • [35] 同判決、第164節。
  • [36] 同判決、第161節。
  • [37] 同判決、第163節。
  • [38] 同判決、第166節以下。
  • [39] 同判決、第168節。
  • [40] 同判決、第169節以下。
  • [41] 同判決、第169節。
  • [42] 同判決、第170節。
  • [43] 同判決、第171節。
  • [44] 同判決、第173節。
  • [45] 同判決、第174節。
  • [46] 同判決、第178節。
  • [47] 同判決、第178節以下。
  • [48] 同判決、第180節以下。
  • [49] 同判決、第182節以下。
  • [50] 同判決、第185節。
  • [51] 同判決、第186節。
  • [52] 同判決、第187節。
  • [53] 同判決、第184節。
  • [54] 同判決、第129節。
  • [55] 同判決、第131節。
  • [56] 同判決、第132節。
  • [57] 同判決、第188節以下。
  • [58] 同判決、第189節。
  • [59] 同判決、第190節。
  • [60] 同判決、第193節。
  • [61] Sisvel対Haier、ドイツ連邦最高裁判所、2020年5月5日付判決、事件番号: KZR 36/17。
  • [62] IP Bridge対HTC、カールスルーエ高等地方裁判所、2020年11月25日付判決、第124節以下。
  • [63] 同判決、第125節。
  • [64] 同判決、第194節。
  • [65] 同判決、第103節以下。
  • [66] 同判決、第104節。
  • [67] 同判決、第105節。
  • [68] 同判決、第106節。
  • [69] 同判決、第108節。
  • [70] 同判決、第110節及び第114節以下。
  • [71] 同判決、第111節以下。
  • [72] 同判決、第111節及び第113節。