Huawei対ZTE事件CJEU判決後の判例法
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Conversant対Daimler、ミュンヘン第一地方裁判所

2020年10月30日 - 事件番号: 21 O 11384/19

http://caselaw.4ipcouncil.com/jp/german-court-decisions/lg-munich-district-court/conversantdui-daimler

A. 事実

原告であるConversantは、各種無線通信規格の実施において必須な(と見込まれる)ものとして宣言された特許(標準必須特許、又はSEP)を保有する。Conversantは、公平、合理的、かつ非差別的(FRAND)な条件にてユーザに規格の実施に必須な特許の利用を認めることを欧州電気通信標準化機構(「ETSI」)に誓約した。

被告であるDaimlerは、ドイツに本社を有する国際的な自動車メーカーである。Daimlerは、ETSIにより開発されたLTE規格に適合する接続機能を搭載した自動車を製造し、販売している。

2018年10月、Conversantは、コネクテッドカーに対応した特許ライセンスプログラムを提供するAvanciライセンシング・プラットフォームに参加した。2018年12月18日、ConversantはDaimlerに対して世界規模の二者間ライセンスの申出を行い、いくつかの個別特許に関するクレームチャートを含むSEPポートフォリオに関する情報をDaimlerに提供した。

2019年2月27日、Conversantが送ったそれぞれの催促状を受けて、DaimlerはFRANDライセンスを締結する意思があると回答したが、自動車分野ではサプライヤーに対し知的財産権(IPR)のライセンスが供与されることが一般的であると強調した。また、Daimlerは、Conversantのポートフォリオにおける既存のライセンシーに関する情報、並びに特許とコンポーネントの対応に関する説明及び提示された条件がFRANDに適合する理由についての説明も要請した。その後、DaimlerはAvanciとの間でプールライセンスに関する交渉を開始した。

2019年7月5日、Conversantは7月15日に直接話し合いを行うことを提案する電子メールをDaimlerに送った。AvanciからDaimlerとの交渉がうまくいっていないとの連絡を受けたためである。また、Conversantは、Avanciプログラムに参加する自動車メーカーが同社のSEPポートフォリオの下でライセンスの供与を受けていることを強調し、とりわけ、判例(特に英国高等法院による2017年4月5日付のUnwired Planet対Huaweiの事件に関する判決)を参照することにより、自社による二社間交渉の基礎となるロイヤルティの計算について説明した。Conversantは、Daimlerに対して、自社のポートフォリオに含まれるすべての特許のリストも提供することを意図していたが、Daimlerに送信した電子メールには、誤ってこの文書が添付されていなかった。

2019年7月29日、Daimlerはこれに回答し、Avanciとの継続的な交渉に言及した。Daimlerはサプライヤーレベルでのライセンス供与がより効率的であるという見解を再度述べ、Conversantがまだ必要なすべての情報を共有していないため、直接の話し合いは後日行うべきだと反論した。


2019年8月13日、ConversantはDaimlerに対し、ミュンヘン第一地方裁判所(本裁判所)に侵害訴訟を提起したが、この訴訟には差止命令による救済の請求は含まれていなかった。2019年8月24日、ConversantはDaimlerにミュンヘンでの訴訟を提起したことについて通知し、ConversantはDaimlerがFRANDライセンスの取得について実際的な関心が無いと仮定している、とした。また、Conversantは、ロイヤルティの計算については、各最終製品で発生する価値を考慮する必要があることを強調した。

2019年9月18日、Daimlerはライセンス取得の意思を改めて表明し、Conversantが言及したポートフォリオに含まれるすべての特許のリストが2019年7月5日付のConversantの電子メールに含まれていなかったことを初めて指摘した。このリストは、2019年9月20日にDaimlerと共有された。同時に、Conversantは2019年10月初旬に直接話し合いを行うことを提案した。2019年10月8日、Daimlerは、必要な情報がまだ不足しているため、話し合いは10月末までは行えないと回答した。

2019年12月4日、Daimler本社で両当事者の直接的な話し合いが行われた。2020年1月15日、Conversantはこの話し合いで行われたプレゼンテーションの資料をDaimlerに送付し、Daimlerの一次請け(Tier-1)サプライヤーに対するライセンスプログラムを構築する意思があること、及びその目的でDaimler及び全サプライヤーと話し合う用意があることを述べた。Conversant はまた、ライセンス料の決定については仲裁手続といった中立的な第三者の助言を仰ぐことを申し出た。2020年1月24日、Daimlerは、自社のサプライヤーとは既に協議しており、会合を開催する意思があると説明した。

2020年1月29日、Conversantはミュンヘンで係争中の訴訟において、Daimlerに対し差止救済と侵害製品のリコール及び破棄の請求を追加で提起した。

2020年2月と3月に、両当事者はDaimlerの一次請けサプライヤーとの会合について協議した。しかし、Daimlerは全サプライヤーが参加する会合を企画しなかった。

2020年4月8日、DaimlerはConversantにカウンターオファーを行った。カウンターオファーは、自動車のLTE接続を可能にするコンポーネントであるTCU(テレマティクス制御ユニット)の価値に基づくものであった。

2020年6月30日、ConversantはDaimlerに更なるオファーを行ったが、受諾されなかった。2020年8月10日、DaimlerはConversantに過去の車両販売に関する情報を提供し、過去の使用に対する担保を差し出した。

本判決 [01]において、本裁判所はConversantを支持する判決を下し、とりわけ、Daimlerに対する差止請求を認めた。
 

B. 判決理由

本裁判所は、係争特許はLTE規格に不可欠であり、侵害されたと判断した[02]。その結果、Conversantが主張する請求が認められた。差止命令による救済、及び侵害製品のリコール及び破棄の請求も認められることとなった。Daimlerに対する侵害訴訟の提起は、ConversantによるTFEU第102条(競争法に基づく抗弁、項目1参照)に基づく市場での支配的な地位の濫用には当たらず、ETSIの知的財産権ポリシー(IPRポリシー)(契約法の抗弁、項目2参照)に基づく契約上の義務違反にも当たらない[03]
 

1. 競争法に基づく抗弁

市場での支配的な地位

本裁判所は、TFEU第102条の意味で、Conversantは市場での支配的な地位を有しているとの判決を下した[04] 。

特許から生じる独占権は、それ自体が市場での支配的な地位を確立するものではない[05]。当該特許が標準化団体によって策定された標準(又はデファクトスタンダード(事実上の標準))に適合する上で技術的に必須であって、かつ、下流市場で付された製品について、当該標準に代わる技術的な手段が利用できない場合、市場での支配的な地位が構成される[06]。本裁判所によれば、このことは、係争特許に関しても当てはまる[07]

Conversantの市場における支配的な地位を排除できるような例外的な状況は存在しなかった。本裁判所によれば、ConversantがFRANDライセンスを付与する義務を負うというFRAND誓約をETSIに対して行ったという事実だけでは、それ自体で市場支配力の存在を排除することはできず、決定的要素となるのは、SEP保有者が実際にこの義務を果たしているか否かということである[08]。さらに、Avanciから係争特許のライセンスを取得するという追加のオプションは、Conversantの市場における支配的な地位を限定的なものとするものではなかった[09]
 

市場での支配的な地位の濫用の不存在

しかしながら、本裁判所は、ConversantのDaimlerに対する差止命令による救済並びに侵害製品のリコール及び破棄を求める訴訟の提起は支配力の濫用には当たらないと判断した。

実施者が既に保護された標準化技術を使用している場合、SEP保有者の行動の評価については、憲法で保証された知的財産権の強力な保護と規格利用者の利益を互いにバランスさせる必要があり、包括的な分析が必要である[10]。その際、私的な利益だけでなく、公共の利益も考慮する必要がある[11]。本裁判所は、公共の利益は、単に「標準化された技術の使用に関する私的な利益の総和」としてのみ見なされるべきものではなく、知的財産権の完全性を保護し、効果的な実行を確保するという公衆の実質的利益も同様に含まれるべきであることを強調した[12]

本裁判所は、特に電気通信分野におけるSEPの「特殊性」を考慮し、欧州連合司法裁判所(the Court of Justice of the European Union:CJEU)のHuawei対ZTE判決(Huawei判決)[13]に則り、SEP保有者に一定の行動義務を課すことは正当化されるとした。その理由は、基本的に、SEPは「通常の」特許とは異なり、特許保有者による追加的な行動によることなく、規格に含まれることによって市場に定着するためである [14]。その結果、SEPとの関連では、一定期間における独占権を付与することにより特許技術の発明者に市場における競争上の優位性を確保する必要性は非標準必須特許と比較して重要性に乏しい[15]

本裁判所は、そう述べた上で、Huawei 判決によって SEP 保有者に課された行動義務は、「言葉だけでなく、真剣に」ライセンスの供与を望む実施者に対してのみ存在することを明確にした[16]。したがって、市場での支配的地位の濫用の主張に基づく抗弁は、無許可で特許を使用したいと考える、又は既に使用している実施者がFRANDライセンスを取得する意思があり、SEP保有者とのライセンス交渉において引き延ばし戦略を行わない場合にのみ成立するものである[17]。公平でバランスのとれた迅速な交渉によってFRANDを決定することが当事者にとって最善であるというHuawei判決の根底にある重要な概念は、合意に至ることを目的として両当事者が実際に有する「誠実な動機」に基づく建設的な関与が基本である、と本裁判所は指摘した[18]

 

侵害通知

本裁判所は、当事者の行動を検討し、Conversantは複数の特許をカバーするクレームチャートを含むポートフォリオに関する十分な情報から構成される2018年12月18日付の書簡を送付することにより、Daimlerに対して自社SEPの侵害を通知する義務を果たしたと判断した[19]。Conversantが、この書簡に添付されていたライセンス申出の基礎情報であるロイヤルティ計算について十分に説明していたか否かについては、この段階ではConversantがDaimlerに申出を行う義務すら負っていなかったため、関連性はないものとされた[20]。 

意思

一方、本裁判所は、DaimlerがConversantからライセンスを取得する意思がなかったと判断した。むしろ、本裁判所は「特に明確な意思の欠如の事例」であると特定した。 [21]

内容について言えば、実施者は、「事実上いかなるFRAND条件であれ」SEP保有者とライセンス契約を締結する意思があることを「明確に」「曖昧さを残さず」宣言し、その後、「目的志向」かつ「建設的」な方法で交渉に臨まなければならない [22] 。対照的に、(最初の)侵害通知を受けて初めてライセンス契約の締結を検討する意思を示すだけや、ライセンスを取得するか否か、またその条件について交渉を開始したりするだけでは十分とは言えない[22]

本裁判所は、意思について評価する場合、侵害訴訟の口頭審理が終了するまでの間、すべての事実を包括的に分析することが必要であると説明した[23]。意思があるか否かの判断は、実施者による「形だけの一瞬の行動」で答えられる問題ではなく、さらに、実施者が(自らの判断で)SEP保有者が先に義務を果たすまで行動を起こさないことはあってはならない[23]

さらに、本裁判所は、交渉におけるタイミングは(ライセンスを受ける)意思の評価においても考慮されなければならない要素であると強調した[24]。さもなければ、実施者は交渉に真摯に、そして適時に参加するモチベーションを欠くことになる[25]。期限を一律で設定することはできず、ケースバイケースの評価が必要である[26]。しかし、侵害通知を受けた実施者は、SEP保有者とFRANDライセンスに署名することにより、可能な限り早急に特許の(非合法な)利用について正当化する義務がある[26]

さらに、実施者がSEP保有者に対してカウンターオファーを行ったか、及びそれはいつだったかも、意思の(不)存在の「重要な指標」になり得ると本裁判所は結論づけている[27]。侵害訴訟の開始後に行われたカウンターオファーは、原則として、認められない[28]。本裁判所によれば、実施者が「体裁を整える」ためだけに交渉に参加し、その後、カウンターオファーによって侵害訴訟で有罪判決を受ける可能性に「非常ブレーキ」をかけるといった行為が許されるべきではない[25]。例外的に、実施者が交渉の初期段階から意欲的であり、特許保有者との協議に常に建設的に関与していた場合には、裁判中に行われたカウンターオファーを意思の評価において考慮することができる[29]

上記に則り、一般論として、実施者が先に引き延ばし戦略を講じた場合、かなり骨の折れる対応をしなければ、後になってそれを「なかったこと」にはできない、と本裁判所は指摘している[30]。しかしながら、意思表示の遅延は実施者が侵害訴訟において「FRANDを理由とする抗弁」を行うことを「自動的に」妨げるものではない。これに当たるか否かは、交渉の経緯における全体的な状況を根拠として、ケースバイケースで判断されるものである[31]

このような背景の下、本裁判所は、Daimlerの全体的な行動を考慮した上で、Daimlerは(FRANDに適合した方法で行動することが実際に可能であり合理的であったにもかかわらず[32])引き延ばし戦略の実施を選択した、という結論に至った[33]

本裁判所は、DaimlerがConversantを自社のサプライヤーに差し向けることにより、Daimlerが「事実上いかなるFRAND条件であれ」ライセンスを受ける意思を表明したのではなく、むしろConversant自体からライセンスを受ける準備がなかったことを明らかにした、と判断している[34]。Daimlerとそのサプライヤーの間で合意された可能性のある第三者知的財産権に関する補償条項は、本件ではDaimlerが単独でConversantの特許を侵害し、従ってその責任を負わなければならないことから、今のところ何の役割も果たしていない[34]

Daimlerの意思の無さをさらに示すものとして、Conversantは2020年7月5日にポートフォリオに含まれる特許のリストを電子メールに添付することを失念したが、それを受け取っていないことをDaimlerがConversantに伝えるのに2か月以上かかったという事実がある[35]。本裁判所は、DaimlerがConversantから提供されたクレームチャートについて、いかなる時点でもConversantに質問を投げかけておらず、係争中の侵害裁判においてのみ特許の質に関する懸念を示していたことも同様に批判した[36]

本裁判所は、2020年7月27日付のDaimlerの回答において、Daimlerは、まだライセンスを取得していない製品、又はConversantからライセンスを取得することを望まないサプライヤーが購入した製品についてライセンスを締結する意思を明示的に差し控えたことから、これは意思が無いことのさらなる「実質的」な意思表示だったと判断している[37]。本裁判所は、特にDaimlerがサプライヤーの「(契約)意思の無さ」を Conversant と自らがライセンスを締結するための条件として定義したことに異論を唱えた[38]

また、2019年12月4日に当事者間で行われた話し合いでConversantが行った、FRANDロイヤルティの決定については代替的紛争解決手段、特に仲裁を用いるという提案にDaimlerが回答しなかったことも、Daimler側の意思の無さの表れであると考えられた[39]

意思の無さと引き延ばし戦略に関する「明確な」兆候は他にも存在した。(本裁判所によれば)2019年12月4日の議論の後、Daimlerは、既にサプライヤーと話していることを暗示したにもかかわらず、Conversantとの直接ライセンス締結の可能性に関する議論を目的とした一次請けサプライヤー全社との会議を開催しなかったという事実である[40]
 

カウンターオファー

その後、本裁判所は、2020 年 4 月 8 日付のDaimlerのカウンターオファーは、Daimlerがそれまで示していた意思の無さを是正するものではなかったと指摘した[41]。むしろそれは、「アリバイ」としての役割を果たすものであった[32]

カウンターオファーはConversantの申出から1年4か月以上経過した時点で行われたことから、遅きに失したというのが本裁判所の見解である。さらに、Daimlerは侵害訴訟の係属中にカウンターオファーを行ったが、その時点まで明らかにライセンスを取得する明確な意思が示されなかったことを考えると、このカウンターオファーは容認できないものであった[42]。また、本裁判所は、DaimlerはConversantが必要な情報を提供していなかったことが当該遅延の原因であるとの主張による弁解はできないと説明した。なぜなら、当該カウンターオファーは詳細な分析によることなく公知かつ一般に利用可能なデータに基づいていることから、当該カウンターオファーは、より早い段階、つまりConversantの最初のオファーを受け取った後すぐに行うことも可能であったからである[43]

また、本裁判所は、Daimlerのカウンターオファーは、その内容を鑑み「明らかにFRANDではない」と判断した[44]。概要分析によれば、Daimlerから提示されたライセンス料は明らかに低すぎるとされた[45]

本裁判所は、FRANDは範囲で示されるものであり、FRANDロイヤルティの計算方法は複数あると指摘した[45]。[1348] 本裁判所は、(ConversantとDaimlerの双方が使用した)いわゆる「トップダウン」アプローチを考慮した[46]。本裁判所は、Daimlerの「トップダウン」の計算において、LTE関連のSEPにかかるConversantのシェアを決定するための基礎としてETSIについて標準必須と宣言されたすべての特許の数を対象とすることはFRANDの原則に適合していないと判断した[47]。宣言された特許のすべてが実際に標準必須であるとは限らない(超過宣言(over-declaration)と呼ばれる現象)ことを考慮すると、宣言された特許の総数を用いることはDaimlerに有利となる。もし、(より少ない)実際の標準必須LTE特許数が計算の基礎として使用されるならば、SEPにおけるConversantのシェアはより高くなる[48]

さらに、本裁判所は、FRAND原則の下でTCUの平均購入価格は適切なロイヤルティの基準にはならないと指摘した[49]。[1351] SEPの価値はロイヤルティによって反映され、それは提供されるサービスの価値に適切に比例する[50] 。本裁判所によれば、本件では、Daimlerの自動車におけるLTE対応の機能性の提供及びDaimlerの顧客による当該機能性の利用により、経済的価値が発生している[50]。その結果、Daimlerの顧客がLTEに基づく自動車の機能に対して見出す価値が重要である[50]。Daimlerがサプライヤーに支払うTCUの購入価格には、この価値が反映されていない[50]
 

サプライヤーによるFRANDを理由とする抗弁/ライセンスの供与単位

さらに、本裁判所は、DaimlerはFRANDを理由とする抗弁を確立する目的で、自社のサプライヤーが示したConversantからライセンスを取得する(とされる)意思に頼ることはできないと説明した[51]

実施者が、自らの意思表明とともに、サプライヤーに直接ライセンス供与が行われることを希望する場合、どの規格に適合したコンポーネントが自社の製品に組み込まれているか、どのサプライヤーが当該コンポーネントを提供しているかを、書面で包括的に開示する義務がある[52]。今回のように、この情報が与えられず開示義務が満たされない場合、サプライヤーレベルでのライセンス要請は、SEP保有者と自社の間でライセンス契約を締結する意思があるという実施者の宣言と矛盾し、したがって誠実な意思が無いことの表れと言える(ドイツ民事法典第242条)[53]。この意味で、本裁判所は、実施者がSEP保有者に前述の情報を提供した後、並行してサプライヤーレベルでのライセンス体制の確立を促進するために積極的に取り組む場合であっても、実施者には適時かつ目的志向の方法でSEP保有者との二者間交渉を進める義務があることを明確にした[54]。SEP保有者との二者間交渉において、実施者はサプライヤーにライセンス供与済みのコンポーネントに対する二重払いを排除する条項を契約に盛り込むよう主張できたはずである[54]

以上に基づき、本裁判所は、ConversantがDaimlerへのライセンス供与を求めていることから、Conversantは濫用的又は差別的な行動をしていないことを確認した [55]

本裁判所の見解では、サプライチェーンにおけるSEPライセンスに関して、いわゆる「license-to-all」又は 「access-to-all」(sic)のどちらのアプローチに従うべきかという本質的な問題にここで答える必要はないとした[56] 。SEP保有者と最終製品メーカーとの間で発生する法律上の紛争においては、競争法の観点から、SEP保有者が訴訟で追求する目的により市場からサプライヤーが排除されないことで十分であり、これはConversantが申し出たように、最終製品メーカーが締結したライセンスにより確立された「下請製造権」を通してサプライヤーが標準化技術にアクセスすることが認められている場合にも当てはまる[56]。サプライヤーがライセンスの供与について個別の請求をするか否かは個別の問題であり、それはSEP保有者とサプライヤーとの間で個別に提起されうる訴訟の対象である[57]

本裁判所は、SEP 保有者はサプライチェーン内のどの侵害者に対して裁判手続を開始するかを自由に決定できる、と付け加えた[58]。それぞれの選択権は、憲法で保証された財産を保護する権利と、排除的権利としての特許の本質を基本とするものである[59]

本裁判所によれば、自動車分野でコンポーネントが第三者権利の問題なく自動車メーカーに販売される一般的実務は、ConversantがDaimlerにライセンス取得を求めることが、反トラストの観点から濫用とするものではないとした[60]。最終製品メーカーとサプライヤーの間の個別の合意は、(契約上)二者間における効果しかなく、第三者の法的地位を損なうことはできない[60]。特に、当該二者間の契約は、SEP保有者が自己の特許を主張するためにバリューチェーンのどのレベルを選択して権利行使をするかという権利を制限することはできない[61]。本裁判所は、追加的な技術の統合は新しい市場や顧客グループへのアクセスというDaimlerの経済的利益に資することから、自動車部門に存在する既存の慣行を放棄する必要性は、反トラストの観点から重要ではない、と指摘した[61]

その意味において、本裁判所は、侵害訴訟が最終製品メーカーに対してのみ提起される限り、SEP保有者はサプライヤーに対してHuawei判決に基づく義務を果たす必要はないとも説明している[62]。したがって、そのような手続に参加するサプライヤーは、SEP保有者が、(例えば) 個別の侵害通知をサプライヤーに行わないことが市場支配力の濫用に当たると主張することはできない[63]。本裁判所は、複数階層のサプライチェーンにおいて関係するすべてのサプライヤーを特定することは実行不能であり、合理的でもないため、SEP保有者によるそのような包括的通知義務を否定している[63]

本裁判所の見解では、SEP保有者がサプライヤーに直接ライセンスを供与することを拒否することによって自己の市場支配力を濫用したか否かは、一般的な競争法の原則に基づき判断されるものである[64]。本件では、本裁判所は濫用に当たるとする十分な根拠を見いだすことはできなかった[64]。本裁判所は、(二者間で締結された独自のライセンスが存在しない限り)サプライヤーが権利を持たない状態に置かれたり、法律上不確実な状況に直面したりするとは考えていない[65]。個別の二者間ライセンスが「下請製造権」よりも広範な実施上の自由をサプライヤーに与えるという事実は、サプライヤーの商業的利益に資するかもしれないが、「下請製造権」を通じてサプライヤーに規格に対する十分なアクセスが提供される限り、SEP保有者と最終製品メーカーの間の訴訟手続との関連性はない[66]。その限りにおいて、本裁判所は、「下請実施権」に基づくサプライチェーン内の協力は実務上一般的であり、EU法でも支持されていると指摘した(EEC条約第85条(1)に関連する特定の下請契約の評価に関する1978年12月18日の委員会通知、OJ C 1, 1979年1月3日)[66]

最後に、本裁判所は、ConversantがAvanciプラットフォームの他のメンバーと結託し関連規格へのアクセスを排除することで実施者を特に差別していたとの主張を退けた[67]。本裁判所は、それが今回の事件で存在した兆候は見られず、むしろ、パテントプールが特にEU法(技術移転契約へのTFEU第101条の適用に関するガイドライン第245項、2014/C 89/03)によって一般的に認められている競争促進効果を有していることを強調した[67]
 

2. 契約法に基づく抗弁

さらに、本裁判所は、DaimlerはFRANDライセンスの供与に関するConversantとの契約に基づく請求を持ち出すことにより、差止命令による救済の請求に対して自らを守ることはできないと判断した。そのような契約上の請求権はもともと存在しないからである[68]。Daimlerは、ConversantはETSIに対しFRAND誓約を行っていることから、裁判所に対して差止命令による救済を請求することはできないはずだと主張していた。

本裁判所は、ETSIのポリシーに基づくFRAND誓約が確立する義務や権利はEU競争法(特にTFEU第102条)により確立された義務や権利とは異なるものではなく、 Conversant社は本件においてこれを満たしていたと判断した[69]。法律用語で言えば、ETSIのポリシーに基づくFRAND誓約はフランス法における第三者の利益のための契約(stipulation pour l'autrui)であり、後の時点でFRANDライセンスを付与するという拘束力のあるSEP保有者の約束を含む[70]。しかしながら、ライセンス交渉に対応する義務の内容と範囲については、TFEU第102条に基づき行動基準を定めたHuawei判決に即して解釈されるべきである[70]。ETSIポリシーに基づくFRAND誓約がTFEU第101条で規定されている規格へのアクセスを提供するという要件を具現化しているという事実は、統一された行動基準の適用を支持するものである[70]。本裁判所の見解によれば、フランス法はEU法の精神の範囲内で解釈されなければならないため、更なる行動義務を確立することはできない[70]
 

C. その他の重要事項

最後に、本裁判所は、差止命令による救済を求めるConversantの請求が均衡性の考慮により制限される根拠はないとの見解を示した[71]。ドイツ法の下では、均衡性は憲法上の一般原則であり、裁判において被告から異議が出された場合、差止命令による救済に関しても考慮されるべきものである[71]。ドイツ連邦裁判所(Bundesgerichtshof)も、実施者が善意の原則に反する特許保有者の排除権によって不当な苦難を被るような例外的な場合には、差止命令が直ちに執行されない場合があることを認めている(「Wärmetauscher」2016年5月10日判決、事件番号X ZR 114/13)[71]。しかし、本裁判所は、Daimler は本手続において関連する事実を一切主張していないという見解を示した[71]

  • [01] Conversant 対 Daimler、ミュンヘン第一地方裁判所、2020年10月30日付判決、事件番号: 21 O 11384/19 (jurisにより引用)。
  • [02] 同判決、第122-265節。
  • [03] 同判決、第285節。
  • [04] 同判決、第286節。
  • [05] 同判決、第288節。
  • [06] 同判決、第287節以下。
  • [07] 同判決、第291節以下。
  • [08] 同判決、第295節。
  • [09] 同判決、第296節。
  • [10] 同判決、第299節。
  • [11] 同判決、第300節。
  • [12] 同判決、第300節。
  • [13] Huawei対ZTE、欧州司法裁判所、2015年7月16日付判決、事件番号No. C-170/13。
  • [14] Conversant 対 Daimler、ミュンヘン第一地方裁判所、2020年10月30日付判決、事件番号No. 21 O 11384/19、第301節。
  • [15] 同判決、第301節。
  • [16] 同判決、第307節。
  • [17] 同判決、第308節。
  • [18] 同判決、第302節及び第308節。
  • [19] 同判決、第323節以下。
  • [20] 同判決、第324. しかしながら、本裁判所は、Unwired Planet v Huawei事件で英国高等法院が用いた計算方法のみを参照することが、ConversantがDaimlerに提示した料金の説明においては十分であるとの懸念を表明した。
  • [21] 同判決、第309節。
  • [22] 同判決、第310節。
  • [23] 同判決、第316節。
  • [24] 同判決、第311節。
  • [25] 同判決、第312節。
  • [26] 同判決、第320節。
  • [27] 同判決、第311節。
  • [28] 同判決、第312節及び第316節。
  • [29] 同判決、第315節。
  • [30] 同判決、第317節以下。
  • [31] 同判決、第321節。
  • [32] 同判決、第357節。
  • [33] 同判決、第322節及び第358節。
  • [34] 同判決、第328節。
  • [35] 同判決、第331節及び第336節。
  • [36] 同判決、第332節。
  • [37] 同判決、第334節及び第336節。
  • [38] 同判決、第335節。
  • [39] 同判決、第337節。
  • [40] 同判決、第338節。
  • [41] 同判決、第339節。
  • [42] 同判決、第340節。
  • [43] 同判決、第355節以下。
  • [44] 同判決、第341節及び第354節。
  • [45] 同判決、第341節。
  • [46] 同判決、第341節及び第348節。
  • [47] 同判決、第352節。
  • [48] 同判決、第353節。
  • [49] 同判決、第353節。
  • [50] 同判決、第360節。
  • [51] 同判決、第362節。
  • [52] 同判決、第362節及び第364節。
  • [53] 同判決、第363節。
  • [54] 同判決、第365節。
  • [55] 同判決、第366節。
  • [56] 同判決、第367節。
  • [57] 同判決、第368節及び第382節。
  • [58] 同判決、第368節。
  • [59] 同判決、第370節。
  • [60] 同判決、第372節。
  • [61] 同判決、第373節及び第376-378節。
  • [62] 同判決、第373節。
  • [63] 同判決、第373節及び第382節。
  • [64] 同判決、第373節及び第379節。
  • [65] 同判決、第374節。
  • [66] 同判決、第375節。
  • [67] 同判決、第380節。
  • [68] 同判決、第384節。
  • [69] 同判決、第384節以下。
  • [70] 同判決、第385節。
  • [71] 同判決、第269節。