Huawei対ZTE事件CJEU判決後の判例法
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InterDigital対Xiaomi、ミュンヘン地方裁判所

2021年02月25日 - 事件番号: 7 O 14276/20

http://caselaw.4ipcouncil.com/jp/german-court-decisions/lg-munich-district-court/interdigitaldui-xiaomi

A. 事実

原告は、InterDigitalグループ(InterDigital) を構成し、米国に拠点を置く2つの会社である。InterDigital Groupは、欧州電気通信標準化機構(ETSI)が開発した各種無線通信規格の実施に必須である(と見込まれる)と宣言された特許(標準必須特許、SEP)ポートフォリオを保有している。原告は、ETSI IPR Policyに従い公平、合理的、かつ非差別的(FRAND)な条件でSEPを規格利用者に提供することの誓約の対象である、ドイツのSEPを保有している。

被告は、中国に本社を置くXiaomiグループに属する4社である(Xiaomi)。Xiaomiは、ETSI規格に準拠したスマートフォンを全世界で製造及び販売している。

2020年6月9日、XiaomiはInterDigitalに対して、中国武漢の中級人民法院(武漢法院)に訴訟を提起した。Xiaomiはその訴状の中で、武漢法院に対し、InterDigitalの全世界の3G/UMTS及び4G/LTE SEPポートフォリオのライセンス供与に関する特定の料率又は料率範囲を決定するよう求めた(中国本案訴訟)。2020年7月28日、XiaomiはInterDigitalに対し中国で訴訟を提起したことについて初めて電話で通知した。しかし、Xiaomiの担当者は、提訴に関する詳細について全く説明しなかった。

2020年7月29日、InterDigitalは、インドのデリー高等裁判所(デリー裁判所)において、Xiaomiに対する侵害訴訟を提起し、差止請求を行った(インド訴訟)。また、InterDigitalはXiaomiに対する暫定的停止命令を要求した。

2020年8月4日、Xiaomiは武漢の裁判所に訴訟差止命令(ASI)を申請した。

2020年9月23日、武漢法院はASI命令を出し、InterDigitalに対し、係争中のインド訴訟における訴訟の撤回又は中止を命じた(武漢ASI)。また、InterDigitalは、中国の本案訴訟の係属期間中、世界のいかなる国においても、Xiaomiに対して、(1)終局的差止及び/若しくは仮差止、又は(2)FRAND料率の決定を求める3G及び4G SEPに関する侵害訴訟を提起しないよう命じられた。武漢法院は、上記命令に違反した場合、1日あたり100万人民元に相当する罰金を命令した。InterDigitalは、2020年9月25日に武漢法院がInterDigitalの複数のメールアドレス宛に電子メールを送信した際に、初めて当該ASIの発出を知らされた。

2020年9月29日、InterDigitalはデリー裁判所に訴訟差止命令に対する差止命令(AASI)を求める訴訟を提起した。2020年10月9日、デリー裁判所はAASIを発出し、Xiaomiによる武漢ASIの行使を差し止めた(デリーAASI)。

2020年10月30日、InterDigitalは、ミュンヘン第一地方裁判所(ミュンヘン地方裁判所又は本裁判所)にもAASIを申し立てた。

2020年11月9日、ミュンヘン地方裁判所は、Xiaomiに対し、InterDigitalによるドイツでの自社SEPに基づく侵害訴訟提起を直接的又は間接的に妨げることを意図した武漢ASIを差し控えるよう、又は同じことを意図してInterDigitalに対しさらなる(裁判上の及び/又は行政上の)措置を取ることを差し控えるよう命じるAASIを発出した(ミュンヘンAASI)。ミュンヘンAASI命令に違反した場合、1違反当たり最高25万ユーロの罰金又は6カ月以内の拘留が課される。

2020年12月22日、XiaomiはミュンヘンAASIに対する上訴を提起し、この命令の執行停止も要求した。2021年1月24日、ミュンヘン地方裁判所は、AASIの執行停止要求を認めなかった。

2021年2月25日付の本判決により、ミュンヘン地方裁判所はXiaomiの実体的事項に関する控訴を棄却し、ミュンヘンAASIを確定した[1]。 (引用 www.gesetze-bayern.de/Content/Document/Y-300-Z-BECKRS-B-2021-N-3995?hl=true)
 

B. 判決理由

ミュンヘン地方裁判所は、InterDigitalは差止仮処分の申し立てを行い、AASIを発出する十分な理由を有すると判示した[2]
 

差止仮処分の請求

本裁判所は、ドイツでの特許侵害に対する差止命令請求の主張を阻止するために中国でASIを申請、遂行、執行することは、特許保有者の「財産的法的地位」を損ない、不法行為(ドイツ民事法典第823条第1節に基づく)を構成すると説明した[3]。同じことが、当事者によるドイツでのAASI訴訟を制限する裁判所命令(いわゆる「訴訟差止命令に対する差止命令に対する差止命令」、 AAASI)に関しても言える [3]

ミュンヘン地方裁判所は、武漢ASIは前述のような効果をもたらしたとの見解を示した。ミュンヘン地方裁判所の文言と理由によれば、武漢ASIはグローバルに効果を及ぼす試みがあり、本訴訟に関与しているドイツのSEP保有者であるInterDigital Group の事業体にも影響を与える可能性がある[4]。これらの企業に対し武漢裁判所が罰金やその他制裁を直接課すことはなかったという事実は、武漢ASIがInterDigitalの法的地位を損なおうとしたという事実を変えるものではない。これらの措置はInterDigitalグループ内の他の関係会社を脅かし、その結果、ドイツのSEPを実際に保有している会社がその権利を保護するために行動する自由を制限しようとする威圧的な状況を作り出したのである[4]

さらに、本裁判所は、InterDigitalは武漢ASIに対し自衛権を行使できる立場にあったとの見解を示した[3]。ドイツ民事法典第227条は、不正な攻撃に直面している場合それを回避するために必要な行動は違法ではないと定めている。
 

差止仮処分の理由

さらに、ミュンヘン地方裁判所は、暫定的な措置を命じるための十分な正当性があると判断した[5]

第一に、通常の(本案)訴訟による武漢ASIに対する防御を InterDigitalに期待することはできなかった[6]。差止命令は特許について限られた期間にしか利用できないため、ASI に対する通常の訴訟では、特許保有者の権利を十分に確保することはできない。特許保有者は、裁判所の第一審判決まで差止命令による救済を受ける権利を事実上奪われることになるのである[7]。この制限は、国外ASIが公共の秩序に反するためドイツでは強制力を持たないという事実とは関係なく生じる[6]。本裁判所は、外国の司法管轄区で課された、又はその恐れがある制裁は、特許保有者を圧力の下に置く可能性があり、ドイ ツにおける効果的な特許権行使の妨げになる可能性があると繰り返した[6]。これは、武漢法院による命令がそうであったように、国外裁判所がAAASIを認めることにより当事者がドイツでAASIという形での保護措置を求めることが妨げられる場合にも同様に当てはまる[8]

第二に、ミュンヘン地方裁判所は、暫定措置の実行に必要な緊急性が認められたと判断した[9]。InterDigitalは適時にAASIを申請している[10]。ミュンヘン地方裁判所は、原則として、特許に関する差止仮処分の申請は、侵害行為を認識後1か月という期限内に提出されることを求めている[11]。ミュンヘン地方裁判所は、この期限は基本的にAASIにも適用されることを示唆した(ただし、この問題についての最終的な評価は差し控えている)[12]

AASI が外国裁判所により認定済みのASIに対して行われる場合(反復のリスク)、正式な通知送達が行われたか否かにかかわらず、特許保有者が外国裁判所の命令を「確実に知って」から1か月以内に差止請求を行う必要がある。 [13]「確実に知った」と想定するには、特許保有者は、特に裁判所命令自体に当事者、命令の内容、命令の法的根拠に関する明確な情報が含まれていない場合外国手続で使用された証拠はじめとしてASI請求の開示を受けることが求められる[14]


外国ASIが発出される前にAASIの請求がなされた場合、つまり、SEP保有者の「財産的」権利の侵害について「先行侵害のリスク」のみが存在する場合、1か月の期限は、特許保有者が外国裁判所におけるASI請求について「確実な知識」を得た時点、又はそのような措置の既存のリスクについて「確実な知識」を得た時点から始まり、実施者が当該行為の恐れを抱かせたときに特に具体化される[15]。この状況で、本裁判所は、ASIの付与前に早期に対抗措置を講じることは単なる選択肢に過ぎず、特許保有者は、基本的に、AASIの請求を行う前に、外国ASI手続の結果を待つ自由があることを明らかにした [15]

そう述べた上で、ミュンヘン地方裁判所は、以下のいずれかの状況が生じた場合、原則として、AASIの根拠となりうる「先行侵害の相当のリスク」が存在すると想定すると説明した。

·       実施者がASIを申し立てると脅した場合。

·       実施者がASIの申立てを行った場合。

·       実施者が、原則としてASIの申立てが可能な法域において、ライセンスの付与又は合理的な国際ロイヤルティ料率の決定を求める(本案)訴訟を提起した、又は提起する恐れがある場合。

·       実施者が別の特許保有者に対してASIの申立てを行っている、又はその脅しを行っており、今後ドイツで裁判上の保護を求める特許保有者に対してもそのような行動を取らないという示唆がない場合。

·       実施者が特許保有者が設定した短い期限内(例えば侵害に関する最初の通知で設定された期間内)にASIの申立てを差し控えることを書面で宣言しなかった場合[16]

ASIと実施者によるライセンス取得の意思表示

本裁判所は、ASIの申立てると脅したり、実際にそのような申立てをしたりする実施者は、原則として、原則として、欧州連合司法裁判所(CJEU)のHuawei対ZTE判決(Huawei対ZTE)[17] の意味における、及びSisvel対Haier事件[18]のドイツ連邦司法裁判所の最近の判例の意味における「(ライセンスを受ける)意思のあるライセンシー」として扱うことはできないと明言した[19]。本裁判所によれば、真に FRANDライセンスを取得する意思のある実施者は、一般的に、過去及び現在継続中の侵害行為(例えばASI の申立て等)は言うに及ばず、SEP保有者の「財産的」権利を損なうような行為を差し控えるというものである[20]

ミュンヘン地方裁判所は、特にHuawei対ZTEの事件で確立された交渉の枠組みを鑑み、(CJEUが想定している)対等な立場でのバランスのとれた交渉は、両当事者が法律上の救済を平等に受けられる場合にのみ確保されうると指摘した。実施者が特許の有効性に異議を唱えることができる能力は、特許保有者が法廷で特許権を主張する能力と同等でなければならない[21]。ASIにより特許侵害に対する裁判上の主張が排除された場合、もはや同等とは言えない[21]。本裁判所は、ASIが、EU法(EU基本権憲章第47条第1項)及びドイツ連邦共和国基本法に規定されている、特許保有者が裁判所に申し立てる権利を直接侵害するものであると指摘している[21]

さらに、ミュンヘン地方裁判所は、SEP侵害に関する通知を受けた実施者は、FRANDライセンスを取得する 意思を十分に示すだけでなく、特許保有者に対するASIを申し立てないことを宣言することも求められるという見解を示している[20]。本裁判所は、さもなければ、Huawei対ZTEが定めた交渉プロセスを踏襲することはできないと説明した[22]。特に、SEP保有者に対し、裁判を起こす前に侵害について実施者に通知する義務を負わせるべきではなくなるからである[22]。特許保有者は侵害通知をすることにより、自らをASIの対象としてさらすことになる。ASI が認められれば、多くの場合、特許保有者は、ライセンスを取得する意思のない実施者に対しても、差止命令による救済の権利を行使することが事実上できなくなる[23]。本裁判所によれば、このような結果は EU知的財産権執行指令(第9-11条)[24]と CJEU の判例の双方と矛盾するものである[25]

本裁判所はまた、SEP保有者は将来起こりうるASIに対しSEP保有者が先制的対策を準備するよう期待することはできないと付け加えた[20]。実施者がグローバルポートフォリオライセンスを提供しようとする場合においても、複数の法域でAASI申請の準備をすることは、ASIのリスクも影響も確実に予測することができない時点において、不釣り合いに高額な費用につながると考えられる[20]

 

利益のバランス

ミュンヘン地方裁判所は、当事者の利益を互いに比較検討した後、AASIは正当であると判断した[26]

その一方で、本裁判所は、InterDigitalがAASIを認められることで利益を得ることを強調した。武漢のASIは公共の秩序に反しておりドイツでは行使できないが、InterDigitalは、ドイツのSEPに関する限り、中国の命令の範囲が制限されることによる利益がある。さもなければ、中国で制裁が課される可能性は、ドイツにおけるInterDigitalの特許権行使を予見不能な期間にわたり事実上妨げることになると考えられるからである[27]

その一方で、本裁判所は、ドイツのAASIはXiaomiの権利を損なわないことを強調した[28]。AASIは、Xiaomiに武漢ASIの取り下げを義務付けるだけであり、従って、中国の本案訴訟には何の影響も与えない [28] 。AASIが認定された後にInterDigitalがドイツでXiaomiに対して侵害訴訟を提起した場合でも、中国の本案訴訟は損なわれることはない。ミュンヘン地方裁判所は、ドイツの侵害訴訟は、InterDigitalの SEP ポートフォリオのグローバルレートの決定という、中国の訴訟で提起された同じ問題を中心に展開することはないと予想している[28]。それどころか、ドイツの侵害裁判所は、おそらく適切なグローバルライセンスの料率を検討しないと思われる。なぜなら、Xiaomiが実体的事項に関して提起するFRAND抗弁をドイツの侵害裁判所が検討する可能性は非常に低いからである[28]。本裁判所は、ASIを要求する、又はそうする可能性を示すという行為そのものが、実施者が意思のないライセンシーであるという証拠であり、ドイツの侵害訴訟でFRAND抗弁に訴えたとしても成功する見込みはほとんどないと考えられるからである[28]


さらに、本裁判所は、中国の本案訴訟の係属中にドイツでの侵害裁判を回避しようとするXiaomiの利益は保護に値しないとの見解を示した[29]。Xiaomiは自らの義務である知的財産権の状況を常に監視することも、生産を開始する前に必要なライセンスを取得することも行っていない[29]。さらに、Xiaomiは7年以上それを拒否しており、InterDigitalがその権利を主張するためにさらに待つことを期待することはできない[29]
 

C. その他の問題

ミュンヘン地方裁判所は、InterDigitalが法的救済に訴えることにより正当な利害関係を有するとも確認した[30]。ドイツの法律の下では、これはあらゆる裁判の前提条件であり、基本的に、主張された請求が被告によって満たされていない場合に認定されるものである[32]。InterDigitalがASIに対し中国の裁判所でいわゆる「再審理手続」による異議を申し立てることができる立場にあるという事実は、当該事件についてドイツの裁判所で審理を受けるという正当な利益を排除するものではない[32]。本裁判所は、特にそのような法的救済が認定される見込みについて信頼できる予測がほとんど存在しないため、ドイツにおけるInterDigitalの「財産的」権利を十分に保護できないと判断した[32]

さらに、本裁判所は、中国訴訟及びインド訴訟の係属は、ドイツの裁判所が当該訴訟を審理することを妨げないことを確認した(no lis pendens) [33]

最後に、本裁判所は、ミュンヘンAASIが該当する期限内にXiaomiに送達されたことも確認した。ドイツ法の下で、これは上記命令が効力を維持するための前提条件である[34]。 

  • [1] InterDigital対Xiaomi、ミュンヘン第一地方裁判所、2021年2月25日付判決、事件番号: 7 O 14276/20.
  • [2] 同判決、第75節。
  • [3] 同判決、第120節。
  • [4] 同判決、第121節。
  • [5] 同判決、第129節。
  • [6] 同判決、第130節。
  • [7] 同判決、第130節。 ミュンヘン地方裁判所は、差止命令による救済を受ける権利は、特許権のような排他的権利の「本質的特徴」であり、侵害に対する「最も鋭利な武器」だと強調した。特許保有者が裁判でその権利を行使する可能性を否定された場合、特許は「無価値」になってしまうからである。
  • [8] 同判決、第131節。
  • [9] 同判決、第132節。
  • [10] 同判決、第132及び第151節以下。
  • [11] 同判決、第133節。
  • [12] 同判決、第134-135節。
  • [13] 同判決、第134節。
  • [14] 同判決、第136節。
  • [15] 同判決、第138節。
  • [16] 同判決、第142節。
  • [17] Huawei対ZTE、欧州連合司法裁判所(CJEU)、2015年7月16日付判決、事件番号: C-170/13。
  • [18] Sisvel対Haier I、ドイツ連邦最高裁判所、2020年5月5日付判決、事件番号: KZR 36/17、Sisvel対Haier II、ドイツ連邦最高裁判所、2020年11月24日、事件番号: KZR 35/17。
  • [19] InterDigital対Xiaomi、ミュンヘン第一地方裁判所、2021年2月25日付判決、事件番号: 7 O 14276/20, 第146節。
  • [20] 同判決、第146節。
  • [21] 同判決、第148節。
  • [22] 同判決、第147節。
  • [23] 同判決、第149節。
  • [24] 知的財産権の行使に関する2004年4月29日付欧州議会及び理事会指令2004/48/EC (OJ L 157, 30.4.2004)。
  • [25] InterDigital対Xiaomi、ミュンヘン第一地方裁判所、2021年2月25日付事件番号: 7 O 14276/20, 第149節。
  • [26] 同判決、第168節。
  • [27] 同判決、第169節。
  • [28] 同判決、第170節。
  • [29] 同判決、第173節。
  • [30] 同判決、第75節。
  • [31] 同判決、第107節。
  • [32] 同判決、第108節。
  • [33] 同判決、第75節及び第109節。
  • [34] 同判決、第75節及び第80-106節。