Huawei対ZTE事件CJEU判決後の判例法
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IP Bridge v TCT

2022年02月2日 - 事件番号: 6 U 149/20

http://caselaw.4ipcouncil.com/jp/german-court-decisions/olg-karlsruhe/ip-bridge-v-tct

A. 事実

原告であるIP Bridgeは、係争特許について、欧州電気通信標準化機構(ETSI)が開発した4G/LTE携帯電話規格への対応に必須である(と見込まれる)特許であると宣言している。ETSIは特許保有者に対し、公平、合理的、かつ非差別的(FRAND)な条件で標準必須特許(SEP)を規格利用者に提供することを誓約するよう求めている。

被告は、中国に本社を置くTCTグループ(TCT)の親会社とドイツの関係会社である。TCTは、ドイツを含む全世界で4G対応携帯電話を流通及び販売している。

2014年12月15日、IP Bridgeは、TCTグループの親会社(親会社)に対して、SEPポートフォリオに関する通知を行った。当該書簡では、2つの米国特許(ただし(ドイツの)係争特許ではない)が例示的に言及されていた。TCTは回答しなかった。IP Bridgeは2015年1月と4月に親会社に催促状を送ったが、この時も回答はなかった。これらの催促状でも、係争特許については言及されなかった。

2015年7月、IP Bridgeは米国でTCTグループの企業を相手に侵害訴訟を提起した(米国訴訟)。

2016年2月1日、IP Bridgeは親会社に(最初の)ライセンス申出書を送付した。申出書には、係争特許を含む特許の一覧が添付された。IP Bridgeは、(他のポートフォリオ特許に言及した追加クレームチャートと共に)係争特許に関するクレームチャートも提供した。

2016年2月29日、IP BridgeはTCTを相手取り、マンハイム地方裁判所(本地方裁判所)に訴訟を提起した。 2016年3月11日、親会社はIP Bridgeに対し、米国訴訟において当事者が特許侵害と特許無効の主張をそれぞれ行った後に交渉を開始可能であると通知し、IP Bridgeのポートフォリオに関する詳細な情報を要求した。2016年3月22日、ドイツ訴訟でTCTの代理を務める法律顧問はIP Bridgeのライセンス申出を拒否したが、TCTは「それにかかわらず」FRAND条件でのライセンスを「交渉し締結する」意思があることを示唆した。

2017年5月19日、IP BridgeはTCTに再度(2度目となる)ライセンスの申出を行った。契約は締結されなかった。 2018年4月30日、IP Bridgeは申出を修正し再度TCTに(3度目となる)申出を提供した。IP Bridgeは、TCTに対して、ランニング・ロイヤルティと一括払いというふたつの選択肢を提示した。どちらの選択肢も、ロイヤルティはいわゆる「トップダウン」方式で決定された。TCTに提示された1ユニット当たりの価格は、2011年から2016年の期間における携帯電話のグローバルな業界全体の平均販売価格(ASP)を基に米ドルで計算された。TCTはこの提案も拒否した。

2018年8月7日、TCTはIP Bridgeからほぼ同じ内容の申出(4回目)を受けた。この申出も拒否された。

2019年5月、米国訴訟で勝訴して間もなく、IP BridgeはTCTにさらなる(5回目の)申出を行ったが、TCTは反応を示さなかった。

2019年10月、本地方裁判所は、その(予備的)見解によれば、2011年から2016年までの的なグローバルな業界全体のASPを将来の使用に対するロイヤルティの計算の基礎とすることはできないと当事者に伝達した。

2019年12月12日、IP Bridgeは修正された(6回目の)申出をTCTと共有した。この申出において、IP Bridgeは再び「トップダウン」方式及びグローバルな業界全体のASPに依拠している。これまでの申出とは異なり、ASPはライセンスが有効な各暦年について個別に決定されるべきとされた。TCTはこの申出を拒否した。

2020年1月31日、親会社はIP Bridgeに対し(初めて)カウンターオファーを行った。ロイヤルティがTCTの端末の実際のグローバル年間ASPに基づいて計算され、ロイヤルティ総額の負担が低く設定されたことを除けば、カウンターオファーは基本的にIP Bridgeが前回行った申出とほぼ同じであった。 2020年3月4日、IP BridgeはTCTに対し、特にTCTのカウンターオファーに記載の販売台数を考慮した修正(第7回)申出を行った。

2020年3月11日、TCTはIP Bridgeに対して、2020年1月31日の前回のカウンターオファーと同じロイヤルティ計算を基本とし若干修正した(2回目の)カウンターオファーを行った。2020年3月19日、IP Bridgeはこのカウンターオファーを拒絶した。2020年4月7日、TCTは銀行保証の形で過去の使用に対する担保を設定した。

2020年8月7日、IP BridgeはTCTにさらなる(8回目の)申出を行った。TCTはこの申出を拒否し、2020年8月18日にさらなる(3回目の)カウンターオファーをIP Bridgeに提出した。しかし、合意には至らなかった。

2020年8月21日、本地方裁判所は、IP Bridgeが主張した侵害製品の差止救済、リコール及び破棄の請求を棄却した。 [1] (引用:juris、サマリーはこちら) IP Bridgeは、カールスルーエ高等地方裁判所(本控訴裁判所)に控訴した。

本控訴裁判所は、本地方裁判所の判決を覆し、TCT社に対する差止請求を認め、侵害製品のリコール及び破棄を命じた。 [2] (引用:http://lrbw.juris.de/cgi-bin/laender_rechtsprechung/list.py?Gericht=bw&Art=en)

B. 判決理由

本控訴裁判所は、係争特許が侵害されているとの本地方裁判所の判断を支持した [3]

しかし、本控訴裁判所は、本地方裁判所とは対照的に、TCTは本件においていわゆる「FRAND」に基づく抗弁を行うことができないと判断した [4] 。TCTは、IP Bridgeが行った差止命令による救済及び侵害品のリコール・破棄の請求はEU機能条約(TFEU)第102条に違反し、市場支配的地位の濫用に当たると主張していた。

本控訴裁判所は、IP Bridgeが係争特許のライセンス市場において支配的地位を有するとした地方裁判所の見解に同意した [5] 。技術的な観点からすれば、当該規格に対応するためには当該特許を使用する必要がある。係争特許の教示に代わる技術的な代替手段の存在については、本件裁判において示されていない [5]

それにもかかわらず、本控訴裁判所は、IP Bridgeはその市場支配力を濫用していないとの見解を示した [6] 。IP BridgeがTCTに申し出た条件以外の条件で契約を結ぶ準備がなかったという事実は、TFEU第102条で定義される濫用を意味するものではない。TCTはそもそもFRANDライセンスに署名する意思を示していないからである [6]
 

侵害通知

本控訴裁判所は、IP Bridgeは2016年2月1日付の書簡により適切な侵害通知を行ったと判断した [7] 。それより前に(2014年及び2015年に)TCTに送られた書簡については、係争特許への明示的な言及を含んでいなかったため、不十分であると判断した [7]

差し当たり規格に対応するために必要なSEPが多数存在することを考慮すると、通知は特定の係争特許の侵害について侵害者の注意を喚起するものでなければならない [7] 。本控訴裁判所は、特許保有者は侵害申立てのメリットについて実施者が評価できるよう、実際的な及び地域的な観点から情報を絞り込む必要があると説明した [7] 。これらの要件は、係争特許について明示的に言及し、係争特許に関するクレームチャートを含む2016年2月1日の書簡によって初めて満たされた [7]
 

意思

本控訴裁判所は、本地方裁判所の見解とは異なり、TCTはライセンス取得の意思を十分に表明していなかったと判断した [8]

Sisvel対Haierのドイツ連邦最高裁判所(Bundesgerichtshof)の判例 [9] (Sisvel対Haierのサマリーはこちら、Sisvel対Haier IIのサマリーはこちら)を受け、本控訴裁判所は、事実上どのような条件であれFRANDでライセンスを取得する意思があることを「明確かつ曖昧さを残さず」宣言しなければならず、その後、「目的志向」でライセンス交渉に従事する必要があると説明した [10]

本控訴裁判所によれば、「意思」は「静的」な位置づけを有するものではない。そのため、実施者がある時点で意思を有していた(又は意思を有していなかった)という判断も、不変ではない [11] 。さらに、ライセンスを取得するための「継続的な意思」が必要とされる [11] 。実施者側にそのような「継続的な意思」が存在しない場合、SEP保有者がその市場支配力を濫用したという主張は「意味を欠いている」と考えられる [11]

本控訴裁判所は、「意思」の具体的で詳細な要件は「一般的な定義」の対象とはできないと説明した [12] 。ここで考慮すべき基準は、相互の利益に資する交渉の成功を目指す「合理的な当事者」が、この目的を達成するために具体的な交渉の段階でどのような行動をとるか、ということである [12] 。この点における評価については、ケースバイケースの分析が必要である [12] 。本控訴裁判所は、交渉の意思を表明すること自体はそれが文字通りの意味をもっていることを保証するものではなく、それどころか、実施者が用いる「遅延戦術」の一部となり得ることを指摘した [13] 。特許保有者及び実施者の競争者の双方の利益を守るために、「遅延戦術」は許容されない行為である [13]

実施者が遅延戦術を講じたか否かについては、侵害通知又はSEP保有者からライセンスの申出を受けた後の行動を考慮し、「客観的な基準」に基づいて評価されなければならない [14] 。「意思があり誠実な」実施者であれば、特許(又はポートフォリオ)が料金の支払を伴うことなく使用される期間を短縮するために、可能な限り早くライセンスに署名しようとすると考えられる [14] 。そのような実施者は、自己の義務を果たすために、むしろ特許保有者の行動を「促す」ものであり、侵害訴訟における自己の防御のためにSEP保有者の義務を利用することは考えないと思われる [14]

従って、本控訴裁判所は、実施者は特許保有者の「非FRAND」条件によるライセンス申出にさえ対応する義務があると判断した [15] 。SEPのライセンシングに典型的な「複雑な」状況においては、どのような条件が合理的であるかは通常明らかではない。このため、当事者の相互の利益を「明確化」し、あらゆる法的問題に対応するのは交渉の役割である [15] 。この考え方は、FRANDは「範囲」であり(幅があり)、SEP保有者は、一般的に、交渉において示唆が得られた場合のみ実施者の「正当な利益」を考慮できることを考えると、特に当てはまると言える [15] 。本控訴裁判所は、実施者は訴訟が開始されるまで待つのではなく、できる限り早く懸念を伝えるべきだと強調した [15]

この意味で本控訴裁判所は、SEP保有者の申出が「明らかに」FRANDに沿っていない場合でも、実施者は(依然として)交渉プロセスに関与する義務があると強調した [16] 。しかしながら、この場合は申出が「明らかに」FRANDでない理由を示せば十分である [16] 。実施者はSEP保有者との関係においてすべての関連事項に対処しなければならない [16] 。信義則に基づき、すべての未解決の問題が速やかに交渉のテーブルに乗せられなければならず、実施者はFRANDと矛盾する「明白な」一つの要素のみに焦点を当てることにより、同様に「非FRAND」と考える他の側面について沈黙を守ることはできない [16] 。この考え方は特に明白な側面、例えばロイヤルティ計算の基本的な構造に当てはまる [16]

例外的に、実施者は、SEP保有者の申出が(客観的な視点から)「真剣な意図がない」と仮定できる程度にFRAND原則と矛盾している場合には、対応する義務は全くない [17] 。しかしながら、この場合、申出の1つの条項のみが「明らかに」非FRANDであるだけでは通常は不十分であり、本控訴裁判所は、すべての関連する事実を考慮した「全体的な評価」を必要としている [17]

このような背景から、本控訴裁判所は、TCTにはFRANDライセンスに署名する意思がなかったと判断した [8] 。TCTはその用意があったと主張していたが、その後の行動は、当該表明が本気ではなく、TCTの意図は交渉及びライセンス締結の可能な限りの遅延にあったことを示している [8] 。本控訴裁判所の見解では、TCTの全体的な行動は、訴訟手続を遅らせることを目的とした純粋に戦術的な考慮に基づいており、受け取った申出に対して五月雨式に懸念を表明している [18]

本控訴裁判所は、TCTが2016年2月1日付の最初の申出と共に関連パラメーターに関する詳細なプレゼンテーションを受け、その後追加の情報を得たにもかかわらず、IP Bridgeが用いた基本ロイヤルティの計算について2018年4月30日付の(3回目の)ライセンス申出後に初めて批判したことに言及した [19] 。本控訴裁判所によれば、最初のライセンス申出から2年(以上)経過した後にロイヤルティ計算に対する懸念が生じたというのは合理性がない [20] 。2018年4月30日の(3回目の)申出において「トップダウン」アプローチが導入されたことは、(ASP、すべてのライセンシーに対する均一料率の適用といった)いくつかの計算パラメーターに変更がなかったことを考えると、交渉における新しい出発点とみなされるものではなかった [21] 。さらに、すべての新しい申出は、交渉を開始時点に「リセット」することはできず、意思の評価においてその時点までの実施者の行為を無関係とすることはできない [21]

さらに、TCTは当初の段階でロイヤルティ料率の調整に関するただ1つの契約条項について争ったという事実は、「(ライセンス取得の)意思がないこと」の表れであると本控訴裁判所は見なしている [22] 。本控訴裁判所は、当該調整条項がFRANDであるか否か、又は問題のある1つの条項によって申出全体が「非FRAND」になるか否か(本控訴裁判所はこれを疑問視している)については最終的に判断しなかった。これは、TCTのように、実施者がSEP保有者の申出について1つの条項のみを取り上げて批判する場合、交渉義務の違反となるからである [22] 。本地方裁判所が第一審の手続において争点となっている調整条項は非FRANDであると指摘した事実とは関係なく、TCTは本件において上記の義務を負っていた [22] 。本地方裁判所の発言は、IP Bridgeとの交渉に従事する義務からTCTを解放するものではない [22]

本控訴裁判所は、TCTのカウンターオファーについて、TCTはIP Bridgeと経済的譲歩のための交渉を行う用意はなかったと判断した [23] 。TCTは、IP Bridgeに対して行った全てのカウンターオファーにおいて、ロイヤルティ計算の基礎として、自社の携帯電話について(より低い)ASPを使用していた。このような「最大限の譲歩」の主張は、TCTが真剣にライセンスを取得する意思がないことを示すものである [24] 。このことは、第一審の訴訟及び判決において本地方裁判所がASPに関するTCTのアプローチを支持したという事実によって変わることはなかった。TCTは、上記にかかわらず、交渉義務から解放されることはなかったのである [25]
 

SEP保有者の申出

本控訴裁判所は、たとえTCTを意思あるライセンシーとみなすとしても、2020年3月4日付のIP Bridgeの(7回目の)ライセンス申出はいずれにせよFRANDであるため、TFEU102条の観点からIP Bridge側の行為は濫用であるという主張は否定されると説明した [26]

まず、ロイヤルティの決定に適用された「トップダウン」の方法論については、法的な懸念はない [27] 。本控訴裁判所は、IP Bridgeが申出したユニット毎で計算されるランニング・ロイヤルティについても同様だとしている [28] 。ライセンシーの販売実績に基づいて計算されたライセンス料(収益又は利益に基づく1ユニット当たりの料率)は、原則として競争法の観点から「中立」であり、従って、容認されるとした [28]

それどころか、本控訴裁判所は、「コストベース」の方法はFRAND料率の算定にはむしろ不適当であると強調した [29] 。特許又は一連の特許の開発に関連するコストの算出は困難である [29] 。その一方で、発明に要したコストは、一般的にその価値を測定する要素として適切ではない。「コストベース」の方法は、発明につながる決定的な要因はコストではなく、ほぼ発明者の「創造的行為」だということを無視するものである [29] 。本控訴裁判所は、この意味で、SEPの取得のために支払われた価格は、特許を作るための費用と認定することはできないと指摘した [29]

さらに、本控訴裁判所は、FRAND適合性の評価は「個々の計算パラメーターの個別の検討」から構成されるものではなく、最終的なライセンス料率がFRANDであるか否かに焦点を当てるべきだと強調した [30] 。本控訴裁判所は、特にIP Bridgeがライセンシー3社と同じ料率(同一のボリュームディスカウント制度を含む)で契約を締結していたことから、IP Bridgeが申し出た料率がFRANDであることには疑問を抱いていない [31] 。当該ライセンスは訴訟を伴わずに締結されたことから、ベンチマークとして採用できる [32] 。売上高が全く異なる既存ライセンシーの全てがボリュームディスカウント制度を受け入れたという事実は、それが搾取的でも差別的でもないことを示していた [33]

また、本控訴裁判所は、IP Bridgeが使用した個々の計算パラメーターもFRANDであると説明した。本地方裁判所とは対照的に、本控訴裁判所は、IP Bridgeがロイヤルティ計算の基礎としてグローバルな業界全体の年間ASPを使用したことには異議を唱えなかった [34] 。業界全体のASPには、製造者の評判、ブランド、デザイン、又は高い生産品質といった、無線技術に関係のない特徴が含まれるのは確かである。しかし、ダンピング価格、又はSEPライセンス料が考慮されない価格で販売された端末など、特別に低価格の端末もまた含まれる [35] 。ロイヤルティの計算に使用されたロイヤルティ負担総額も、他の裁判所がこれまでFRANDとして認めてきた範囲内で推移しており、問題はなかった [36] 。他のSEP保有者がより低い割合を適用していたとしても、IP Bridgeが求めた料率総額が搾取的であることを示すものではなかった [36]

さらに、本控訴裁判所は、IP Bridgeが4G関連のSEPについて自社のシェアを決定する方法に欠点はないと判断した [37] 。IP Bridgeは、2つの異なるSEP適用調査に基づく平均値を算出していた。本控訴裁判所は、両調査の結果が同様であったことから上記計算方法は容認できるものであり、さらに、IP Bridgeは最も低い結果を出した調査に依拠する義務を負っていなかったと判断した [37]

本控訴裁判所はさらに、IP Bridgeが特許の適用範囲に基づき特定の国や地域に対し異なる料率を申し出ることはなかったという事実も受け入れた [38] 。IP Bridgeが提案したグローバルな均一料率は、この選択肢により契約管理が容易となるなど正当な理由があったため、ライセンスの申出自体を搾取的にするものではなかった [39] 。本控訴裁判所は、そのような条件での申出が、特許適用範囲が狭い地域で高い売上を上げている実施者を不利にする可能性があるか否かは本件と無関係であると指摘した。SEP保有者は、その申出が「平均的なライセンシー」に対してFRANDであれば、交渉の義務を果たしていることになる [40] 。国や地域ごとに異なる料金を設定しないことが一般的に「搾取的」な料金につながる場合のみ、濫用となる可能性がある [40] 。本控訴裁判所は、本件はそれに当たる兆候はないとの見解を示した。その理由は特に、IP Bridgeからライセンス供与を受けた他の3社はこの形式で申出を受諾したからである [40]

その上、本控訴裁判所は、IP Bridgeが提案したボリュームディスカウントもFRANDであると判断した [41] 。SEP保有者はすべてのライセンシーに「一律の料金体系」を申し出る義務はない [42] 。しかしながら、「事実上正当」である場合、販売量に基づく割引は、販売量の少ない実施者にとっては単位当たり料金がより高額となるものの、認められている [42] 。本控訴裁判所は、SEP保有者が、実施者が売り上げを伸ばし、規格をより広く普及させ、結果としてより多くのライセンシーを獲得するよう動機付けることにより利益を成しえることを認めた [42] 。また、「大規模で評判の良い」実施者に対し特に有利な割引を申し出ることも正当化され得る。そのような会社によるライセンス締結は他のライセンシーによるライセンス締結のモチベーションにもなりえるからである [42]

本控訴裁判所は、IP Bridgeの申出に含まれるロイヤルティ調整条項について、この条項がFRANDであることを確認した [43] 。この条項は、ライセンシーがライセンス特許の有効性、本質性及び使用について異議を唱えることを認め、ライセンスポートフォリオについて(双方向の)「実質的な変化」が生じた際にロイヤルティを調整することを規定していた。調整メカニズムが発動されるのは「実質的な変化」が生じた場合のみであることは、些末な理由による調整を避けるという当事者双方の利益によって正当化されるため、本控訴裁判所はこの取決めは保護に値すると判断している [43] 。本控訴裁判所は、同様の検討に基づき、TCTへの申出が行われたランニング・ロイヤルティ料金モデルの基礎となる業界全体の年間ASP調整規定条項も同様にFRANDに沿ったものであることを認めている [34]
 

実施者のカウンターオファー

本控訴裁判所は最後に、本地方裁判所の見解とは異なり、2020年3月11日付のTCTのカウンターオファーは「明らかに」FRANDでないと判断した [44]

本事件において、IP BridgeはTCTに対し複数回にわたって行った申出を通じて、ユニット毎に設定されるロイヤルティ制度に基づく「一般的なライセンスモデル」の概要を繰り返し述べ、第三者ライセンシーとこの契約を締結していることを示した [45] 。本控訴裁判所は、このような状況において、SEP保有者に「ライセンスモデル」の根本的な変更を要求するカウンターオファーはFRANDではないと判断した [45] 。他者と締結したライセンス契約において、SEP保有者はその市場支配的地位を維持するために新たなライセンシーとの交渉で考慮しなければならない特定の条件に同意している [45] 。実際のところ、本控訴裁判所によれば、SEP保有者がもしこれまでのライセンス契約で申請及び使用されてきたモデルとは根本的に異なる料金体系を新規のライセンシーと合意したならば、既存のライセンシーを差別していると非難される可能性がある [45] 。さらに、SEP保有者は、その市場支配的な立場に基づき既存のライセンシーにも新しいライセンス料体系を申し出る義務を負う可能性があり、それは「ライセンスモデル」の完全な移行を引き起こすものとなる [45] 。本控訴裁判所は、SEP保有者はそのような根本的な変更を受け入れる義務はないとする見解を示した [45]

さらに、本控訴裁判所は、実施者に対してはこの意味で追加的な保護の必要はないことを指摘した。他のライセンシーがSEP権利者の「ライセンスモデル」を受け入れていることは、それが市場の状況に合致していることを示すと推定できる [45] 。他方で、SEP保有者の「ライセンスモデル」は、特定のライセンシーから見てFRANDでなければならない。このことは、他のライセンシーが既に同意しているか否かに関係なく、実施者は「ライセンスモデル」 の全ての条件について争うことができることを意味する [45] 。しかし、本件の実施者は、自らの(カウンター)オファーがたとえFRANDであったとしても、特許保有者に対して根本的に異なるタイプのライセンス料を受け入れるよう要求することはできない [45]
 

  • [1] IP Bridge対TCT、マンハイム地方裁判所、2020年8月21日付判決、事件番号: 2 O 136/18。
  • [2] IP Bridge対TCT、カールスルーエ高等地方裁判所、2022年2月2日付判決、事件番号: 6 U 149/20。
  • [3] 同判決、第116-170。
  • [4] 同判決、第171。
  • [5] 同判決、第172。
  • [6] 同判決、第174。
  • [7] 同判決、第173。
  • [8] 同判決、第184。
  • [9] Sisvel対Haier、ドイツ連邦最高裁判所、2020年5月5日付判決、事件番号: KZR 36/17、サマリー記載。Sisvel対Haier II、ドイツ連邦最高裁判所、2020年11月24日付判決、事件番号: KZR 35/17、サマリー記載。
  • [10] IP Bridge対TCT、カールスルーエ高等地方裁判所、2022年2月2日付判決、第176節。
  • [11] 同判決、第177節。
  • [12] 同判決、第178節。
  • [13] 同判決、第179節。
  • [14] 同判決、第180節。
  • [15] 同判決、第181節。
  • [16] 同判決、第182節。
  • [17] 同判決、第183節。
  • [18] 同判決、第185節。
  • [19] 同判決、第186節以下。
  • [20] 同判決、第188節及び第190節。
  • [21] 同判決、第190節。
  • [22] 同判決、第193節。
  • [23] 同判決、第197節以下。
  • [24] 同判決、第199節。
  • [25] 同判決、第199節以下。
  • [26] 同判決、第203節以下。
  • [27] 同判決、第206節。
  • [28] 同判決、第207節。
  • [29] 同判決、第208節。
  • [30] 同判決、第210節。
  • [31] 同判決、第220節及び第210節。
  • [32] 同判決、第223節。
  • [33] 同判決、第221節。
  • [34] 同判決、第209節。
  • [35] 同判決、第211節。
  • [36] 同判決、第212節。
  • [37] 同判決、第213節。
  • [38] 同判決、第215節以下。
  • [39] 同判決、第216節。
  • [40] 同判決、第217節。
  • [41] 同判決、第218節以下。
  • [42] 同判決、第218節。
  • [43] 同判決、第228節。
  • [44] 同判決、第232節。
  • [45] 同判決、第234節。