Huawei対ZTE事件CJEU判決後の判例法
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Philips v TCT

2022年05月12日 - 事件番号: 2 U 13/21

http://caselaw.4ipcouncil.com/jp/german-court-decisions/olg-dusseldorf/philips-v-tct

A. 事実

原告である Philips は、Advanced Audio Coding (AAC) 標準に必須と宣言された特許を所有している。AAC規格は、Googleモバイルサービス(GMS)の認証要件の一部である。GMS認証は、スマートフォンやタブレット端末で利用できるGoogleのアプリケーションを使用するために必要である。

Philipsは関連する標準化団体(SDO) [1] に対して、標準必須特許(SEP)を公平、合理的、非差別的(FRAND)な条件で利用者が利用できるようにすることを誓約した。Philipsは、Via Licensing Corporation(Via Licensing)が管理するAAC関連のSEPをカバーするパテントプール(Via Licensingプール)に参加している。

被告は、中国に本社を置くTCTグループ(TCT)のドイツ及びフランスの子会社である。TCTは、AAC規格を実装した製品をグローバルに(ドイツを含む)製造及び販売している。2005年にTCTはVia Licensing poolとAACライセンスを締結したが、当該ライセンスは2007年3月に終了した。

2016年12月、PhilipsはTCTに対し特許侵害について通知し、一般的に二者間ライセンス契約を締結する可能性があることを示した。TCTはこれに応じなかった。2017年4月にTCTはVia Licensingからプールライセンスに関する申出を受けたが、これにも反応しなかった。

2019年、Philipsはデュッセルドルフ地方裁判所(本地方裁判所)にてTCTに対する訴訟を提起し、(とりわけ)差止命令による救済も主張した。2020年3月、TCTは、FRAND条件でPhilipsからライセンスを受ける用意があると宣言した。その後、2020年5月及び7月に送られた2通の書簡で、TCTはPhilipsに対し、(二者間)ライセンスの申出を提供するよう求めた。

2020年7月、PhilipsはTCTに返信し、TCTがライセンス締結について有する意思に疑問を呈し、Via Licensing poolに紹介した。Philipsは、TCTに対し二者間ライセンスの申出をする理由はないと付け加えた。2020年8月、TCTはプールライセンスについてVia Licensingに問い合わせると示したが、Philipsから二者間ライセンスの申出を受ける方が望ましいと再度述べた。2020年10月、Philipsは、プールライセンスはFRAND原則の下で行われる十分な申出であると考えていると回答した。2020年11月、TCTはPhilipsからの二者間ライセンス申出を再度主張した。2021年3月15日に再び同じ要請が行われたが、2021年3月18日にPhilipsはこれを断った。

2021年4月1日、TCTはPhilipsに(カウンター)オファーを出した。Philipsは、2021年4月9日、本地方裁判所での口頭審理において、このカウンターオファーを拒絶した。

2021年5月11日、本地方裁判所はTCTに対する差止命令を発出した [2] 。TCTは控訴した。本判決により、デュッセルドルフ高等裁判所(本裁判所)は差止命令を支持した [3] 。(引用 www.nrwe.de).
 

B. 判決理由

本裁判所は、係争特許が侵害されていると判断した [4]

さらに、本裁判所は、TCTが提起したいわゆる「FRAND宣言を理由とする抗弁」を棄却した [5] 。TCTは、Philipsが訴訟を起こすことによりEU機能条約(TFEU)第102条に違反して市場における支配的地位を濫用したため、差止命令を拒否されるべきだと主張していた。
 

市場における支配的地位の濫用なし

本裁判所は、Philipsは係争特許に関してTFEU102条の意味における市場支配的地位を有しているとの見解を示した [6] 。市場支配は特許から生じる排除的権利自体を直接的な理由とするものではなく、市場支配とみなされるためには、いくつかの要素に該当しなければならない [7] 。その評価にとって決定的となるのは、どの市場に関連するかという判断である。SEP については、(技術的観点から)SDO(事実上の標準)によって開発された規格に準拠するために当該特許を使用しなければならず、川下の製品市場における重要な機能を失うことなく特許を回避することが通常不可能である場合、個々のライセンス市場が存在する [8] 。さらに、(市場支配とみなされるためには)特許及び対応する標準仕様の教示を、製品の異なる技術設計で置き換えることは可能であってはならない [8] 。このような背景から、本裁判所は、Philipsが市場における支配的地位を有していることを認めた [9] 。当該係争特許が必須であるAAC標準は、Androidエコシステム内のGoogleサービスに対する互換性要件である。本裁判所の構成員の認識によれば、Googleのサービスに対応していない携帯電話及びタブレットは、販売できないとのことである [10] 。70パーセントのユーザーがGoogleのサービスに対応していない携帯電話を購入しないという調査結果の存在は、本裁判所によれば、この知見を補強するものである [10] 。さらに、本裁判所は、Android及びiOSの2つの支配的なプラットフォームの市場占有率(99パーセント以上)を考慮すると、電話機及びタブレットの製造業者がAAC規格を回避するために独自のOSを開発することは期待できないと指摘している [11] 。そう述べた上で、本裁判所は、Philipsが市場において自らが有する支配的地位を濫用していないことを強調した [12]

市場支配力の濫用は、関連するSDOに対しFRANDの誓約をした特許保有者が、(a)ライセンス取得の意思を有する実施者にライセンスを供与することを拒否し、実施者に対して差止命令(及び/又は侵害品のリコール及び/又は破棄)を求める訴訟を提起した場合、又は(b)ライセンス取得の意思を有する実施者が合理的な条件でライセンス契約を締結できるよう十分な努力をしなかった場合に発生する [13] 。本裁判所は、TCTはFRANDライセンスを取得する意思がなかったため、上記は本件に該当しないとの見解を示した [14]
 

侵害通知

本裁判所は、PhilipsがTCTに対し適切な侵害通知を行う義務を果たしていたとする本地方裁判所の判決に同意した [15] 。この点は控訴の対象ではなかったため、本裁判所は一審判決の当該分析を参照した [15]
 

意思

TCTの行為について、本裁判所は、TCTにはFRANDライセンスを締結する意思がなかったと結論づけた [14]

本裁判所は、「意思」の概念について、「一般的な」意思と「具体的」意思を区別する必要があると説明した [16] 。「一般的な」意思とは、(主に)特許保有者に対する「ライセンスの要請」を通じて表現される、侵害者がFRANDライセンスを取得する基本的な意思を指す [16] 。一方、「具体的」な意思表示とは、裁判所がFRANDであると確認した特許保有者の具体的なライセンス申出を承諾する侵害者の意思を意味する [16] 。「一般的な」意思が存在しない場合は差止命令につながる。この場合、特許保有者のライセンス申出がFRANDであるか否かは関係ない(及び裁判所が検討すべきでない) [16] 。それとは逆に、「具体的な」意思の欠如は、裁判所が特許保有者の申出を検討しFRANDであることを立証した場合にのみ、侵害者に否定的な結果をもたらす可能性がある [16] 。FRANDと認められなかった場合、「具体的」な意思の欠如は何の影響も与えない [16]

本裁判所は、TCTは「一般的な」意思を示すことができなかったとの見解を示した [17] 。本裁判所は、TCTが適切な「ライセンスの要請」を行っていなかったことを強調した [14] 。ライセンスの要請は、「包括的」かつ「形のない」宣言の形をとることも、「暗黙の」うちになされることもある [18] 。しかしながら、実施者は特許保有者に対しライセンスを取得する「一般的な」意図を明確に示さなければならない。本裁判所によれば、ライセンスを取得する誠実な意思に根ざしておらず、むしろ遅延という目的に資することが明らかな単なる「リップサービス」は十分でない [18] 。遅れて行われた「ライセンスの要請」が考慮されるべきかどうかという問題に関して、本裁判所は、要請において、侵害者側の以前の時間稼ぎ的な行動からの「本意のシフト」を明確に示す事実がみられるとすれば、そのような考慮が行われる場合があり得ると説明した [18] 。(カウンター)オファーの発出は、侵害者が以前に講じた遅延戦術を放棄していないことが明らかとなる程度に、 内容的に「非FRAND」でない限り、そのような「シフト」の兆候となり得る [18]

具体的な事例について、本裁判所はまず、約10年にわたる期間(2007年のプールライセンス終了から2016年12月にPhilipsが通知するまでの間)について、以下の点を批判した。TCTは、Philips又はVia Licensingに対し、新たなライセンス契約を締結する意思があること、又は(ライセンスがない場合)AAC規格の使用をやめることを表明していなかった [19] 。さらに、本裁判所は、TCTが2017年4月にPhilipsからの通知又はVia Licensingからの申出のいずれにも応答していなかったことは、意思の欠如を示すものだとしている [20]

この意思の欠如は、TCTが2020年3月、5月及び7月にPhilipsに送付した書簡(すなわち、2016年12月に侵害通知を受領してから3年以上経過し、訴訟が提起されて初めて送付した書簡)によって補うことはできない [21] 。本裁判所は、当該書簡はTCTの行動における「シフト」を示すものではなく、当該時点までに適用された遅延戦術の継続に資するものであると判断した [22] 。「意思のある」ライセンシーであれば、3年以上経過した後は、TCTとは異なり、プールライセンスよりも二国間ライセンスが望ましいとする具体的な理由を提示したはずである [23] 。このことは、今回のように、侵害者(TCTの親会社)が以前にこのライセンスモデルに異議を唱えることなくプールライセンスを締結していた場合、特に当てはまると考えられる [23]

さらに、本裁判所は、TCTがPhilipsから二者間ライセンスの申出を受けることにこだわるのは、Philipsの権利行使を「阻止」しようとする試みの延長である(そして、ライセンスに署名する意思を本心から示したものではない)とした [24] 。本裁判所は、Philipsが第三者と二者間契約を締結する用意があるという(疑いのない)事実のみによって、TCTがこの主張を正当化することはできないと理由付けをしている [25] 。本裁判所は、特許保有者は原則として、実施者に対しプールライセンス以外の二者間ライセンスを申し出る義務はないとの見解を示した [26]

さらに、本裁判所は、PhilipsがTCTに対して二者間ライセンスを申し出ないのは差別的であるという主張を退けた [27] 。本裁判所は、SEP保有者は、客観的な基準に基づきいずれかのタイプのライセンスへのアクセスを認めるものであれば、複数のオプションを並行して申し出るモデルを選択できると強調した [28] 。Philipsは例外的な状況でのみ二者間ライセンスを申し出ている。すなわち、実施者が他の関連するSEP保有者と既に二者間契約を締結している場合であって、二者間ライセンスがAAC標準以外の他の標準もカバーするとき、又はプールライセンスが別の理由により不合理であることが判明した場合などである [29] 。本裁判所は、このような慣行自体に問題はないとした [30]

さらに、本裁判所は、Philipsが例外的に二者間ライセンスを付与する意思を有していることは、TCTが一般的な請求によりそのようなライセンスを付与されることを示すものではないと指摘した [31] 。TCTは、プールライセンスが本件において(Philipsのライセンスモデルに基づき)不合理である理由を示すべきであったが、TCTはこれを示していない [31] 。本裁判所は、二者間契約が両当事者の利益を「完全に満足」させるものであるというTCTの主張は、TCTがその理由を全く述べていないことから「絵空事」に過ぎないと判断した [32] 。本裁判所は、さらに、TCTが二者間SEPライセンスの締結という「一般的な商慣行」を踏襲していたことの確証もないとした [33] 。本裁判所は、TCTが他の特許保有者との間でAAC規格を対象とする二者間ライセンス契約を一件も締結していないことを指摘した [33] 。異なる製品セグメント(すなわち、テレビ)に関するAAC規格に関する合意は、(本裁判所によれば)この点では関連性がない。さらに、TCT及びPhillipsが、他の(無線)規格を含む特許ポートフォリオに関して二者間交渉を行っていたことも、何ら関連性がない [33]

上記とは別に、本裁判所は、TCTのカウンターオファーは交渉の適切な基礎となるものではなく、裁判及びライセンスに関する協議を遅らせるという継続的な意思を明確に示すものであったとした [34] 。一方、本裁判所は、TCTが侵害訴訟における非常に遅い段階で申出を行った理由を特定できなかった(そのために、Phillipsも本地方裁判所も、カウンターオファーについて必要な細部の検討ができなかった) [35] 。本裁判所は、TCTのカウンターオファーは(遅かっただけでなく)内容的にも不十分であったと考えている [36] 。その内容は、第三者事業サービスプロバイダーから入手した2020年の売上高を基に算出された一時金を支払うというものであった。本裁判所は、TCTがこの点について具体的な申出を行っていないことから、実際の売上高の代わりに第三者のデータを使用することが一般的な市場慣行か否かについて疑問を抱いた [37] 。また、AAC規格に対応しているにもかかわらず、タブレット端末やいわゆるフィーチャーフォン(旧型)が一時金の算定で考慮されていない点についても本裁判所は批判した [38] 。最後に、本裁判所は、過去の(2016年から2020年までの)売上をロイヤルティの計算から除外することにも不満を示した [39] 。本裁判所は、長年にわたる侵害及び契約締結拒否の後、TCTがPhillipsから過去の販売について「無償のライセンス」を付与されることは当然期待できないとの見解を示した [39]
 

SEP保有者の申出

適切な「ライセンスの要請」が存在せず、TCTはFRANDライセンスを取得する「一般的な意思」を欠いていることから、本裁判所はPhilipsがTCTに申出を提示する義務はなかったと判断した [40] 。上記に伴い、本裁判所は2017年4月以降に行われたVia Licensingのプールライセンスに関する申出のFRAND適合性を検討する必要はないと判断した [40]
 

  • [1] 国際標準化機構(ISO)及び国際電気標準会議(IEC)。
  • [2] Philips対TCT、デュッセルドルフ地方裁判所、2021年5月11日付判決、事件番号: 4b O 83/19
  • [3] Philips対TCT、デュッセルドルフ高等裁判所、2022年5月12日付判決、事件番号: 2 U 13/21
  • [4] 同判決、第168-250節。本裁判所は、ドイツ連邦特許裁判所(Bundespatentgericht)により確定された特許請求範囲の修正文言に依拠した。 第5節、第164節以下、及び第249節。
  • [5] 同判決、第252節以下。
  • [6] 同判決、第254節以下。
  • [7] 同判決、第257節。
  • [8] 同判決、第 258節。
  • [9] 同判決、第261節。
  • [10] 同判決、第263節。
  • [11] 同判決、第265節。
  • [12] 同判決、第269節以下。
  • [13] 同判決、第273節。本裁判所は、交渉前又は交渉開始時に行われた特許保有者の申出は、たとえ基本的な条件が不公平又は差別的であっても、当事者間でそれらが合意された場合には、原則として、それ自体で市場支配力の濫用になることはないと指摘した。第274節。
  • [14] 同判決、第278節。
  • [15] 同判決、第276節。
  • [16] 同判決、第338節。
  • [17] 同判決、第339節。
  • [18] 同判決、第280節。
  • [19] 同判決、第282節。
  • [20] 同判決、第284節。
  • [21] 同判決、第286節。
  • [22] 同判決、第286節及び第288節以下。
  • [23] 同判決、第288節。
  • [24] 同判決、第290節及び第339節。
  • [25] 同判決、第292節以下。
  • [26] 同判決、第294節。
  • [27] 同判決、第296節以下。
  • [28] 同判決、第296節。
  • [29] 同判決、第299節。
  • [30] 同判決、第298-300節。
  • [31] 同判決、第302節。
  • [32] 同判決、第310節。
  • [33] 同判決、第312節。
  • [34] 同判決、第318節及び第333節。
  • [35] 同判決、第320節。
  • [36] 同判決、第322節。
  • [37] 同判決、第326節。
  • [38] 同判決、第327節。
  • [39] 同判決、第329節。
  • [40] 同判決、第335節。